ある日、10日ぶりに母親が、
フラッと帰宅したとき
散らかり放題の家は
キレイに片付けられ
二階へ上がると理緒が
机に向かって勉強していた。

「…あら、勉強…?」

「…えぇ…」

「ええって…」

久しぶりに帰って来た母親に、
クールな理緒の反応に
母親は、少し戸惑った。

理緒は、軽蔑している母親に
徹底して距離を起き
敬語を使うようになった。

もちろん、笑ったり、泣いたり
感情を見せることもしない。

これは、図書館で読んだ
「モラハラ対処法」という本で

急いで相手に反応したり
小動物のように、
ビクビク、オドオドしない、

返事はするが、
「えぇ」や「はあ」など
最低限にし、こちらの
感情を読まれないようにするー

というものだった。

理緒はこれを読み、

「確かにパリコレに
出ているモデルは
15才の子もいるけど、怖さと
近寄りがたさや、空気が読めない
感じがするわ…」

理緒はこの本を徹底的に
頭に叩き込んだ。

いざ、もう一人の敵、
母親に使うためだ。

モラハラではなく
虐待だが、
これを使い、
勉強が無駄になる時間を
徹底的に省こうと考えた。

「久しぶりに、何か作ろうか?」

「…えぇ…」

「何が食べたい?」

「…とくに…」

「カレーライスは?」

「…えぇ」

「さっきから聞いてるの!?」

母親が怒鳴った。

理緒は静かに母親の
目の上を見つめた。

目と目を合わせるのは
良くない。
相手の鼻か、
ひたいを見つめる

そして理緒は

「私ね、好きな言葉があるの

"変えられるものを変える勇気を、
変えられないものを受け入れる冷静さを
そして両者を識別する知恵を与えたまえ"

アメリカの神学者、
ラインホールドの言葉よ…」

そして、理緒はまた机に向かい
難解そうな本を読みだした。

母の顔がひきつった。
娘の底恐ろしさを感じた。

「あっそ!」

そう言って母親は
理緒の部屋のドアを
大げさにバタンとしめて
一階へ降りて行った。

この言葉は、何かあったとき
話を逸らすために用意し、
暗記した言葉だった。

そして、理緒の
一番好きな言葉だった。