及川先輩に対して、あんなにも怒りを露わにしてくれたことも。
超多忙なのに、その合間を縫って食事をしてくれたことも。
この会社へ、第三の人生を謳歌できるように呼び寄せてくれたことも。

栞那はモニターに向けていた視線をゆっくりと彼へと向ける。

こんな風に、熱い眼差しを向けてくれることも全て、心から嬉しいと思ってしまっている。

「男と二人きりでそういう顔したらどうなるのか、分かってるのか?」
「だったら、何だって言うんですか」
「フッ。構って欲しいなら、甘えてみろよ」

恋愛経験値が低い栞那には素直になることも、余裕ぶることもできない。
リードされれば流されるように応えることができても、自分から仕掛けるだなんてできっこないのに。

たぶん、それすらも見透かされている。
だからこうして煽るようなことをわざと言って来るんだ。
栞那が、絶対にできないと分かり切っていて―――。

数センチの距離に伊織の顔がある。
女性に手練れている彼は、動揺する素振りを微塵も見せず。

栞那は伊織の瞳から視線をゆっくりと落として、そっと瞼を閉じて……。

「フフッ、及第点だな」
「……システム技術以外を求めないで下さいっ」
「クククッ…」

伊織の肩が小刻みに震え、伊織の胸に預けた栞那の体も同調して震えた。

キスの一つでも仕掛けられたら合格点だったのかもしれない。
けれど、恋人でもないのに自分からだなんてできない。

ありったけの勇気を振り絞って、伊織の胸に頬を寄せた。
それでも、十分気持ちは伝わると思って。

伊織の長い腕がそっと栞那の体を抱き締めた。

「ただいま」
「……お帰りなさい」