「最近、社長、よく来ますね」
「そっ、……そうだね」
「あのデビルズアイは、マジで心臓に悪いっス」
「それそれ、本当にドキッとするよね」

Webディレクターの野口(のぐち) 宗一郎(そういちろう) 二十五歳は、ピースサインのように人差し指と中指を立てた状態で自身の目に当て、栞那へと訴えるようにわざと突き刺す。
それに同調するデザイナーの近藤は目を大きく見開き、コクコクと何度も頷いた。


初めて久宝社長の自宅で試着したあの日以来、頻繁にシステム部に顔を出すようになった伊織。
栞那以外に気付かれないように、待ち合わせを擦り合わせる合図を送って来るのだ。

いつ誰が見てるかも分からないのにメモを渡されたり、依頼書にポストイットが貼られていたり。
まるで秘密の社内恋愛をしてるのかと勘違いしそうなほど、無用なドキドキ感に襲われている。

社内での伊織はいつだって鋭い視線を張り巡らせ、愛想笑い一つしない冷徹人間だ。

「システム部は、人員が増えたら無駄口叩くようになったのか?」
「ッ?!!」

噂をすれば影がさす、よく言ったものだ。
振り返らなくても、美声で誰だか分かってしまった。

一瞬で部署内にブリザードが吹き荒ぶ。
ディレクターの野口くんは蒼ざめて、口から泡が出そうな雰囲気。

「社長、どのような御用件でしょうか?」

致し方なく視線を持ち上げ、社長と視線を絡めた。

「再来週までに仕上げて貰おうかと思ったが、随分と暇そうだから今週中で頼むな」
「っ……、分かりました」

スッと差し出された変更依頼書。
ざっと見ても結構手間のかかる処理だということが分かる。
しかも、『この前言ってた店を予約した。十八時半に』というメモが貼られていて、栞那の鼓動は否応なしにトクンと跳ねた。