「伊沢くん、お疲れ様。ここいい?」

数日後、社員食堂で伊沢は恵真に声をかけられた。

「お疲れ、恵真。もちろんどうぞ」
「ありがとう」

促されて、恵真は伊沢の向かいの席に座る。

「あのね、私、昨日CAさん達に聞かれたんだ。伊沢くんとは本当につき合ってないのか?って」

箸を進めながらそう話し出す恵真に、伊沢は少しバツの悪そうな表情になる。

「ああ、ごめん。この間それを聞かれて、俺ちょっと濁しちゃってさ」
「そうなんだ。私こそごめんね。あんな昔の噂をみんながまだ信じてるなんて知らなくて。だからちゃんと言っておいたよ。私は伊沢くんとはつき合ってませんって」
「え?いいのか?それで」
「もちろん。ごめんね、長い間伊沢くんに迷惑かけちゃって」
「いや、そんな事ないよ。それに今思えば、俺もその噂が有り難かった。この間初めてCAさん達と食事に行ったんだけど、もうなんかドッと疲れちゃってさ。操縦の3倍は疲れた」

そんなにー?!と恵真が声を上げる。

「ああ。だからさ、もう誰かとつき合ってることにするよ。恵真じゃなくて、新しい彼女が出来たって」

ふーん、そっか…と、恵真は下を向いて何やら考え始めた。

「どうかした?」
「うん、あのさ。伊沢くん、CAさん達とのお食事は疲れちゃったんでしょ?それなら、誰と一緒の食事なら疲れない?」
「んー?そうだな。この間みたいに野中さん達と一緒の食事とか…」
「女の子と二人で食事するのは?」
「そんなのないない!今までだって、そんなのこずえくらいしかないぞ」
「伊沢くん。こずえちゃんは女の子だよ」

…は?と伊沢が固まる。

「えっと、恵真?何言ってんの?」
「伊沢くんこそ何言ってるの?こずえちゃんは、れっきとした女の子でしょ?」

…はあ、と伊沢は気の抜けた返事をする。

「まったくもう…。二人ともどうしちゃったの?一周回って変なとこ行っちゃった?旋回し過ぎだよ」

珍しく説教じみた口調で訴えてくる恵真に、伊沢はキョトンとする。

「伊沢くん。もう一度よく自分の心に聞いてみて。誰と一緒に食事するなら楽しめる?何かに悩んだ時、まず最初に誰に相談したい?楽しい事があったら、誰に真っ先に聞いて欲しい?」
「誰に…?」
「そう。頭で考えないで。心の中に思い浮かんだ人は誰?」
「俺がいつも、家に帰って、話を聞いて欲しくて電話するのは…」

恵真は、ふふっと笑う。

「いるでしょ?思い浮かんだ人」

いる。確かに今、思い浮かんだ。

(でも、それがなんなんだ?つまり、どういう事?)

首をひねる伊沢に、恵真は、
「あー!もう、あとちょっとなのに!」と
悔しそうに呟いた。