「こずえ、悪い。夜遅くに」
「いいよー。何?どした?」

あれからしばらく動けずにいたが、ようやくヨロヨロと立ち上がり、帰宅した時には夜の10時を過ぎていた。

一人で気持ちを持て余し、迷いながらも伊沢はこずえに電話をかけた。

いつもの明るいこずえの声を聞くだけで、伊沢はホッと安心する。

「前にさ、こずえが話してただろ?恵真が撮影でスカーフ着けるって」
「ああ、うん。SNSに載せる写真でしょ?キャプテンと一緒に撮るって」
「そう、それ。その時のキャプテン、めちゃくちゃモテる人なんだけどさ。今日仕事上がりに、その人に呼び止められたんだ。で、いきなり言われた。恵真を本気で口説かせてもらうって」
「…は?」

こずえは素っ頓狂な声を出す。

「ちょ、な、何がどうなってるの?なんでそのキャプテン、伊沢にそんな事を?」
「俺と恵真がつき合ってると勘違いしてるらしい。1年前の噂をまだ信じてるんだと思う」
「はー、そういう事か。それであんたに宣戦布告をね。ってそれ、完全に巻き込み事故じゃない。もうー!何やってんのよ、あんたは!」

は?俺?!と、今度は伊沢が声を上げる。

「なんで俺が責められるんだよ?」
「当たり前でしょ?どうしてそんな事をあんたが悩まなきゃいけないのよ。俺は関係ねー!!って叫べば良かったじゃない。なのになんで、そんな深刻そうに悩んでるのよ?」
「え、そ、それはだって。関係ねー!って叫んだら、ますますそのキャプテンは恵真に近寄るだろ?だからって、実は恵真は佐倉さんとつき合ってます、なんて言えないし」

するとこずえは、あからさまにため息をついた。

「伊沢!あんた、人の悩みまで抱えてどうすんの!お悩み相談所か?お金もらってるのか?違うでしょ!もう、お人好しにも程があるわよ。底なしか?ボトムレスか!」
「ぶっ!ボトムレス コーヒーみたいに言うな」
「だってそうでしょ?!この、おかわり自由のボトムレスお人好し!!」

こずえは、はあはあと息を切らせて叫ぶ。

「なんだよ、慰めてくれるのかと思ったのに」
「バカもたいがいにしな!伊沢、あんた恵真に失恋してまだ立ち直れないってのに、なんでその恵真と彼氏の悩みまで引き受けちゃってんのよ。あんた脳みそある?」
「ひっでー!落ち込むなあ」
「でしょ?!落ち込むでしょ?腹が立つでしょ?それが普通なのよ。あんたは今、半年前の失恋を引きずってボロボロなのに、更に謂れのない攻撃までされて、ボロッカスなのよ?それ、自覚してる?」

え?と、伊沢はこずえの言葉を頭で考える。