慌ただしく機内を清掃していたスタッフが、戻って来た機長を見て驚いたように目を丸くする。

「あ、そのまま。どうぞお気になさらず」

断りながら12Aの座席に行き、前のシートポケットに手を入れる。

ゴソゴソと探っていると、小さな丸いものに手が触れた。

(あった!これだ)

取り出してみると、小さなダイヤモンドが並んだきれいな指輪だった。

大事に手のひらに握りしめ、急いで女性のもとへ戻る。

「お待たせしました。こちらでしょうか?」
「あ!そうです、これです!良かった…」

女性は涙ぐみながら野中から指輪を受け取り、そっと右手の薬指にはめる。

「本当にありがとうございました。お疲れのところ、パイロットの方にお手数をおかけして、申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げる女性に、野中は笑いかける。

「いえ、そんな。大切な指輪を無事にお返し出来て良かったです。ぜひまたご搭乗くださいね。お待ちしております」
「はい、あの…。失礼ですが、野中さんでいらっしゃいますか?」

突然名前を呼ばれて、え!と野中は驚く。

「はい、そうですが…」
「やっぱり!あ、不躾に申し訳ありません。実は私、仕事でしょっちゅう飛行機に乗るんです。いつも日本ウイングさんを利用させて頂くのですが、時々面白いアナウンスをされる、良い声の機長さんがいらっしゃるなあって、お名前を覚えていたんです。そしたら今日もその方のアナウンスが聞こえてきて、あ、野中さんだ!って」

女性は、ふふっと柔らかい笑みを浮かべてから言葉を続ける。

「どんな方なのかしら?って思っていましたけど、想像通り優しくてダンディーな方で嬉しかったです。お声も、マイクで聞くよりも素敵ですし」
「は、いや、その」

思いがけない話の展開に、野中は慌てふためく。

「あ、申し遅れました。私はこういう者です」

女性は名刺を取り出して野中に手渡すと、本当にありがとうございました、ともう一度丁寧にお辞儀してから、では失礼しますと去っていった。