「お久しぶりです、殿下……」
「エルヴィン……」

 ルイードの執務室に現れたのはエルヴィンだった。

「エル、こんな所に来たらマズイだろ」
「隊長……」

 ルイードに一目散に頭を下げたエルヴィンは、部屋にマティアスがいたことに気付く。

「お前は近衛隊をクビにしたはずだ。城に何の用だ?」

 厳しい表情のルイードがマティアスに目をやると、次はエルヴィンを見た。

「務めはしっかりと果たします。ですが、どうしてもお伺いしたいことがございまして……!」

 エルヴィンはルイードと目が合うと、再びその場に跪いた。

「……聞きたいこと?」
「……ルナのことです」

 エルヴィンから出た名前に、ルイードの瞳が揺れる。

「エル〜、俺の魔法空間が施してあるから良いものの、もう少し警戒持てよ? 真っ直ぐすぎるのもよくないぞ?」
「……! マティアス隊長はご存知なんですね?!」

 エルヴィンを制したはずのマティアスだったが、逆に言動から詰め寄られてしまう。

「あ〜、殿下……」

 マティアスは両手を上げてルイードを横目で見る。

「ルナ、とは誰のことだ?」
「!」

 ルイードからは冷ややかな表情で返されてしまい、エルヴィンは思わず引き下がりそうになる。

「俺は……殿下を尊敬しています。殿下が妹を殺すような方ではないと信じています! お二人はそれぞれで戦っておられるのでしょう?!」
「エル、落ち着け!」

 ルイードに縋るように言葉をぶつければ、エルヴィンはマティアスから制される。

「……ルナセリアは死んだ」
「ルナ……セリア?」
「殿下が処刑された王女の名前だ」

 ルイードの冷たい視線を受けながら、エルヴィンはその名前を繰り返す。マティアスの説明から、その王女がルナだと瞬時に理解する。

「殿下、ルナは俺が必ず守ります。ですが、彼女の身体はもう限界です。どうか、宰相と聖女を、この国の魔物を生み出す原因を排除してください」
「エル! 殿下に国政のことで余計な口出しするんじゃない!」
「マティアス、良い」

 ルイードに懇願するように叫んだエルヴィンをマティアスが叱責したが、ルイードが直ぐに右手で制した。

「お前もさっき口出ししただろう」
「……口出しじゃなくて、頼って欲しいって話じゃなかったでしたっけ?」

 クツクツと笑うルイードに、マティアスは半目で反論する。

「そうだな、俺も腹を決めないとだな」

 ルイードはそう呟くと、エルヴィンに一歩近付く。

「エルヴィン、四日後に聖女祭が開かれる。もう準備が始まっているから知っているだろう?」
「はい……」
「聖夜祭の方に二人で訪れると良い」
「殿下、では……!」

 ルイードはマティアスと顔を合わせると、力強く頷いた。

 エルヴィンは何のことかわからず、ただ首を傾げる。

「あの……?」
「それが私の答えだ」

 聖夜祭で何が起きるのだろうか。きっとルイードに訪ねても答えは返ってこないだろう。

「……俺は、殿下を信じています」
「ああ。ありがとう」

 エルヴィンはルイードをしっかりと見据えて言った。ルイードは目尻を少し下げてエルヴィンに返した。

 結局、ルイードの真意はわからないが、この国にとって、ルナにとって良い方向に動くのだろう、とエルヴィンはこの時そう信じた。

「エル、そろそろ行け。気が済んだだろ?」

 マティアスに追い立てられるように、エルヴィンが執務室を後にしようとしたとき、ルイードから声をかけられる。

「エルヴィン」
「はい、殿下」
「……妹を頼む」

 ルイードの厳しかった表情が、優しい兄の表情になっていた。

「! ……命に変えても」

 エルヴィンがそう答えると、執務室の扉が閉められた。

「……シモンの報告通り、ルナセリア様の信頼を得ているようですね、あいつは」
「それだけかな」

 エルヴィンが去った執務室で、マティアスが目を細めていると、ルイードは含んだ言い方をして笑った。

「え?! そういうことなんですか?!」

 ルイードの言葉にマティアスはテンションが上がる。

「どうかな」
「ちょっ、自分だけ楽しんでないで、教えてくださいよ、殿下! エルは私の部下ですよ?!」

 ルイードの意地悪な物言いに、マティアスは詰め寄る。

「今はシモンの部下だ。シモンに聞いたらどうだ?」
「近衛隊が警備隊と接触出来るわけないでしょ!」

 ルイードの言葉にマティアスは誂われているのだとわかりつつ、ついムキになってしまう。

「あー、また二人で内緒事ですか? 俺、いい加減いじけますからね!!」
「お前ら二人、暑苦しいよなあ……」

 大の大人がいじける姿に、ルイードもクツクツと笑いが止まらない。

「少なくとも、エルヴィンは我が妹のことを想ってくれているようだ。シモンの報告では、自覚がないようだが?」

 ルイードがやっと教えてくれたので、やっぱりそうなのか、とマティアスは感嘆する。

「あいつ、生真面目ですからね。王女殿下なんて知って、増々気持ちに蓋をしませんかね?」
「私の妹の可愛さにそんな気持ちを抑えられるわけが無いだろう。それに、あいつの表情からだだ漏れらしいからな」
「ぶはっ、あんの真面目くんがどんな表情を?!」

 ルイードがシモンから聞いた話をすると、マティアスは吹き出してしまう。

「まあ、あいつのそんな表情を拝むためにも、決戦に備えようじゃないか」
「……近衛隊はいつだって動ける準備をしてきました。あとは殿下、あなたの御心のままに」

 ルイードの言葉に、今まで笑っていた顔を引き締め、マティアスは足元に跪いた。

 この国の決戦の日は近い。