「尚子ちゃんが言いたかったことねえ、、、。」 「愛してましたーーーーーーーーとかじゃないの?」
「誰にだよ?」 「相談室に行ったんでしょう? なら高木さん以外居ないじゃないですか。」
「高木君か、、、。」 「死んでまで愛されるなんて幸せだなあ。」
「それもどうかと思うけど、、、。」 「何でだよ?」
「高木さんには奥さんが居るんだぞ。」 「今は他人でしょう?」
「他人でも何でも奥さんなの。」 「それでもいいじゃないですか。 尚子ちゃんは尚子ちゃんなんだから。」
珍しく河井と栄田が言い争いをしている。 「まあまあ、いいじゃない。」
「柳田さん、、、。」 「高木さんはね、奥さんが居ない間、尚子ちゃんに可愛がってもらってたの。 だから相談室に最後の挨拶をしに行ったのよ たぶん。」
「だろうなあだろうなあ。」 「調子いいやつだな、こいつは。」
河井の頭を小突いてから栄田は社長室へ入っていった。

 物置を雰囲気も明るい部屋に改造して数か月。 新人社員が妙な話を持ってきた。
「物置に入ると、よろしくね 頑張ってねって声が聞こえるんですけど、、、。」 「あの子だよ。」
「え? 誰か居るんですか?」 「ずっと前に新卒で頑張ってた女の子が居たんだ。 その子が応援してくれてるんだよ。」
「幽霊化何かですか?」 「幽霊だね。」
「キャーーーーーーー、私怖い。」 「大丈夫だよ。 何もしない子だから。」
そう言いながら古い事務員の吉田さくらが恵子の写真を見せた。 「可愛い、、、。」
「でしょ? だから心配ないのよ。」
 もちろん、恵子を見たのはそれだけじゃない。 手を振っていたり、笑っていたり、、、。
 その部屋で四人の慰霊祭をやろうというのである。 壁にはみんなの写真が飾られた。
入社式を終えたばかりの記念写真である。 「みんな、嬉しそうだなあ。」
「そりゃそうだろう。 入社してしょんぼりしてるやつなんて聞いたこと無いよ。」 「「それもそうだな。」
 ショールームには尚子が考案したアドバルーンが上がっている。 今日の風も心地よい。
沼井と俺は滅多と上がらない屋上へ上がってみた。 遠くには山だって見える場所だ。
「あそこには自殺の名所が有るんですよね。」 「自殺の名所?」
「そう。 あのてっぺんのほうの崖から飛び降りるらしいんですよ。」 「名所か。 そんな名所は傍迷惑だな。」
「そうですよ。 実際には有りもしない事件を作り出してきたんですからね。」 「無くならないもんかね?」
「まあ、怪奇マニアとか心霊マニアが居なくならない限り無理でしょう。」 屋上には創業以来野晒にされてきた時計が置いてある。
「これもいい加減にボロボロだなあ。 取り替えようか。」 「そうですね。 うん十年もここに有ったんだから。」
目の前の通りをトラックが行き交っている。 昔はここもああだった。
尚子ちゃんの発案でショールームが動き出したんだ。 ありがとう。
 沼井は駐車場の脇で賑わっているショールームを見下ろした。 「ワーイ!」
数人の社員が嬉しそうに手を振っている。 まるで観光地に来た親子みたい。
 白い雲がゆったりと流れている。 その向こうを飛行機が飛んで行った。
「さあて、高木君 俺たちも戻るかね?」 「そうですねえ。」
屋上の錆び付いた鉄扉を閉める。 ガシャーンと大きな音がそこいらに響いた。
「これもそろそろ作り替えないとやばいなあ。」 「ぼくが入社した時には有りましたから。」
「となるともう35年くらいは経っているわけか。 よし、改装だ。」
 階段を下りてくると女子社員たちが廊下の壁に飾りを付けて歩いていた。
「何だい これ?」 「あんまりにも殺風景で寂しいからポスターとか絵を飾りましょうって、、、。」
「柳田君だな、、、。」 「あーら、沼井さん よく分かったわねえ。」
「だって、柳田さんくらいしか居ないだろう? こんな飾りを付けるのは。」 「ばれたか。」
「中心になって動いてくれてるのはみんな50代なんだ。 そろそろ40代にも動いてほしいなあ。」 「そうだよねえ、河井さん。」
「何だよ、俺はもう、、、。」 「分かってる。 キスしちゃうから頑張って。」
初枝が河井の顔を覗き込んだものだから河井は慌てて逃げだしてしまった。
それを見ていた沼井も栄田も腹を抱えて笑い転げている。 やっとこの会社にも笑顔が溢れてきたな。
 家に帰ってくると康子がのんびりとテレビを見ている。 「ただいま。」
「お帰り。 会社はどうだった?」 「もうすぐ慰霊祭だからさ、その準備で忙しいよ。」
「そうなの? んで、仕事のほうはどう?」 「ショールームが出来たから忙しくなってきたよ。」
「良かったわねえ。 あれだけいろんな問題が起きたのに。」 「そうだ。 やっと膿を出せたって感じだよ。」
 康子はベランダに目をやった。 「何か有るのか?」
「ちょっと時期は変だけど、まだ間に合うかなと思って朝顔の種を買ってきたのよ。」 「朝顔化。 小学生の頃は教室で植えてたっけなあ。」
「そうねえ。 あの頃を思い出すわ。」 「んだ。」
 俺は康子の隣に座ると腰に手を回した。 「どうしたの?」
「久しぶりにお前を感じたいんだ。」 「まあまあ、結婚してた頃は何にも言わなかったのに?」
「久しぶりにこうして一緒に居るとさ、やっぱり違うんだよ。」 「何が?」
「俺はお前を本気で愛していた。 それにやっと気付いたんだ。」 「あなた、、、。」
俺はそのまま康子を押し倒すときつく抱き締めた。 「信じていいのね?」
「今まで何も言えなかったな。 ごめんよ。」 「いいの。 いつか分かってくれるって思ってた。」
その時、7時のチャイムが鳴った。

 「さて、夕食を食べましょうか。」 「そうだな。」
「今夜はね、すき焼きにしたの。」 「珍しいなあ。」
「そう? いつもは関東風だけど、今夜は関西風よ。」 「関西風?」
 そう、すき焼きは関東と関西で作り方が大きく違う。
関東は鍋でグツグツと煮込んでしまうが、関西では鉄板で焼きながら食べるのである。
 プレートを挟んで俺と康子は向き合っている。 「恋人みたいね。」
「恋人だよ。」 「あらあら、私の体をあんなに奪っておいて?」
「それは、、、。」 「さあ、焼くわよ。 食べてね。」
 牛肉だの豆腐だのと康子がプレートに載せていく。 美味そうな音が聞こえてくる。
焼けてくると砂糖と醤油をサラッと振り撒く。 醤油が少し焦げた感じがいいらしい。
 んで、それを小鉢に取る。 そこにはウズラの卵が割り入れられていて、それを絡めてから食べるんだ。
鶏の卵でも良さそうだが、こいつは水分が多くて味が薄まってしまうという。
「なかなかに拘ってるねえ。」 「そりゃあ主婦ですから。」
澄ました顔で康子は豆腐を摘まんでいる。 「お前も肉食べなよ。」
「うん。 食べてるから大丈夫。」 「さっきから豆腐ばかり摘まんでるけど、、、。」
「心配してくれてるのね? ありがとう。」 そう言うと康子は大きな肉を摘まんだ。
 今夜は誰も来ない。 初枝も栄田も河井も。
尚子が死んだから、、、ではなくてそれぞれに忙しくて来れないんだそうだ。
 「最近は奥さんとうまくやってるの?」 「奥さん?」
「康子さんよ。 康子さん。」 「ああ、まだ奥さんじゃないよ。」
「奥さんなんでしょう? 早く捕まえなさい。」 「そんなこと言ったって、、、。」
「じゃないと、私と不倫してたことをばらしちゃうわよ。」 「おいおい、あれは、、、、。」
「いいわよねえ。 そう言って逃げられるんだからさあ。」 「柳田さん、、、。」
「ほんとに早く捕まえなさいね。」 「分かった分かった。」
「まったくもう、、、 これだからおじさんはダメなのよ。」 初枝はどこか不満そうである。
 慰霊祭の準備はほぼ整った。 14日は日曜日。
参列する人たちの連絡も取れてきて、出前も相当な数になりそうだ。
 「誰か坊さんは呼ばないんですか?」 「最初はそれも考えたよ。 でも湿っぽい慰霊祭にはしたくなくてね。」
「その代わりさあ、みんなで終わったら宴会だ。」 「またまた、、、。 河井さんはいつもそうなのよねえ。」
「栄田宴会部長が張り切ってるからさあ、盛り上げてやんないと。」 「また俺かよ。」
 「その日はショールームも休みにしましょうね。」 「お、吉田さん 来てたの?」
「来てたの?じゃなくて、さっきから居ますけど、、、。」 「見えなかったなあ。」
「いいからさ、慰霊祭のスケジュールを教えてよ。」 吉田麻里子は頬を膨らませながら栄田に迫っていく。
沼井と俺は二人の話し声を聞きながら慰霊碑に向かった。