二人でお酒を飲みたいね。

 「明日も会議なのよねえ。 沼井さん 大丈夫なのかなあ?」 「その辺は柳田さんたちがうまくやってくれてるよ。」
「そっか。 でも心配だなあ。 動き出したばかりで気を使い過ぎなのよねえ。」 「今までずっと裏方だったんだ。 しょうがないよ。」
「それもそうねえ。 私は高木さんとくっ付いていられたらそれでいいわ。」 尚子はそう言うと肩にもたれてきた。
50を過ぎた男と女の爽やか?な恋である。 尚子は本当に今まで独りぼっちだったのだろうか?
あどけない笑顔にキュンキュンしている男がここに居る。 康子にはさほど感じなかったのにね。
 それでも俺は康子を愛していた。 これが最初で最後の恋だと思っていた。
それなのに別れるなんて、、、。

 飲んでいると店の扉が開いた。 「いらっしゃいませ。」
店員のいつもと変わらぬ声が聞こえる。 「えっと、、、。」
店に入ってきた人影は何かを探している。 「居た。」
やがてその人影が俺たちのほうへゆっくりと近付いてきた。 尚子はそれに気付いて慌てて顔を隠したのだが、、、。
「私よ 私。」 「なあんだ、、、初枝さんか。 どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。 疲れちゃってさあ、、、それで飲みに来たの。」 「疲れた?」
「そうそう。 旦那がねえ、浮気しちゃったのよ。」 「あらまあ、、、。」
「家に居たって面白くないから出てきちゃったの。」 「じゃあ飲みましょうよ。 ねえ、高木さん。」
「浮気化、、、大変だねえ。 柳田さんも。」 「いいのよ。 前から知ってたから。」
「ってことは、、、それを知ってたから高木さんとやったの?」 「それも有るかなあ。 むしゃくしゃしてたからなあ。」
というわけで今夜も三人で家へ帰ることになったわけであります。 店を出るころには二人とも歩けないくらいに酔っぱらっていて、、、。
タクシーに乗ったまではいいけれど、降ろすのが大変。 一人ずつ抱きかかえて玄関へ、、、。
それには運転手も怪訝そうな顔で見守るしか無かったのだ。 「やっと落ち着けるな。」
二人を取り合えず寝室へ運ぶと俺は居間に戻って窓を開けた。
とはいえ、まだまだ肌寒い季節。 ちょっと顔を冷やしただけで俺も寝室へ。
 布団の中では初枝と尚子が何か唸りながらあっちへコロコロ、こっちへコロコロしている。 その隣で毛布にくるまった俺は知らない間に寝てしまった。
いつもいつもこんなんで大丈夫なのかなあ? 何か有れば数人で飲んで酔っ払ってこうして転がってるんだが、、、。
 大きな会社じゃなかったことがせめてもの救いかもしれない。 下手したらみんんなか、い、こ、、、だもんなあ。
営業部の人たちはほとんどが辞めてしまった。 訪問営業が無くなったからさ。
残った人たちは開発部とショールームに回されて今も働いている。 新人の女の子たちも居る。
営業部長だった谷岡雅子も鉢巻を締めて頑張っている。 「今日はこの商品を売りに出しましょう。」
出勤すると彼女はまず売り出し品の品定めをする。 棚に置いてから店内を見回してみる。
模様替えだって彼女の仕事だ。 「その棚を奥にやってくれる?」
「あいよ。 でもこれって売り出すんじゃないの?」 「それは明日だからいいわよ。」
「こっちのさあ、スポンジ もうちょっと置いたほうがいいんじゃないの?」 「後で追加しとくわ。」
10時開店に合わせて店内は戦争である。 店員たちは走り回りながら点検を続けている。
そこへ時々、沼井や栄田も手伝いに来る。 「なあんだ、、、飲み会の相談課と思ったわよ。」
「なあんだ、、、は無いよ。 俺だって責任って物が有るんだからさあ。」 「え? 飲み会の責任?」
「そんなんじゃないってば。 馬鹿だなあ。」 「どうせ俺は馬鹿ですよーーーーーーーーだ。」
「河井さん いじけたって可愛くないわよ。」 「いいんだもーーーーーん。 おらには初枝さんが居るから。」
「知らないわよ。 そんな人。」 「冷たいなあ。 なんでそんなに冷たいの?」
「違う違う。 なんでこうなるの?って萩本金一みたいにやらなきゃ、、、。」 「そっか。」
「感心してる場合じゃないわよーーーー。 開店前なんだからさあ。」 今日もショールームは賑やかである。
 10時を過ぎると客がポツリポツリと入ってくる。 bgmも何も無いけれど引き込まれる物が有るらしい。
以前なら訪問用のトラックやバンが止まっていた駐車場だった。 朝になると営業部は総出で車の点検をして慌ただしく出て行った。
近所を回っている人も居た。 遠くへ出掛ける人も居た。
帰ってくるのは6時ごろ。 それから集計やら打ち合わせやらで社が静かになるのは9時を遥かに過ぎてからだった。
 沼井はそれでも遅くまで残って事務処理をしていたという。 だからなのか、飲みに出ることは無かったな。
 もちろん、遊ぶ暇も無かったのだろう。 だいぶ経ってから嫁さんを貰ったって聞いている。
今は大学生の息子と中学生の娘が居る。 息子のほうは下宿で一人暮らし。
毎晩、バイトしながら懸命に勉強しているらしい。 奥さんは帰りの遅い沼井をいつも笑顔で迎えてくれている。
今では貴重な人かもしれないな。 うちじゃあ、互いに働いてたから、、、。
 女は家庭、男は仕事。 そんな時代は遠退いてしまったのかなあ?
俺はどっちでもいいよ。 たださ、「こうだから偉い。」とか「こうじゃないからバカだ。」とか言うのだけはやめないか?
バカも利巧も無いんだよ。 互いにやれることをやればいい。
炊事が得意な男ならそれでもいいだろう。 仕事人の女ならそれだっていい。
片意地を張らないことだ。 それが譲り合いってもんじゃないのかね?
 近頃はさあ、女が偉いとか偉くないとか、肩の凝ることばかり喚くやつが居るから頭が痛いよ。
偉いって思うのは自由だけど、周りに振り撒かないでくれ。 迷惑だから。

 酔った頭でゴロゴロしているといろんなことを考えてしまう。 そして不意に寝ている二人の顔を覗き込む。
尚子も初枝も何もかも忘れたようにぐっすりと寝込んでいる。 そっと頬に手を当ててみる。
「うーーーーーーん。」 初枝が唸り声を上げる。 釣られたように尚子も寝返りをする。
「抱いてもいいわよ。」 二人揃って真面目な顔で訴えてくるから退いてしまったけれど、、、。
 静かな寝室の中で時間だけが過ぎていく。 俺は初枝を仰向けにした。

 翌朝、目を覚ました二人は顔を見合わせるとクスクス笑いながら居間へ出てきた。 「おはよう。」
「起きてたのね?」 「早く目が覚めちゃってさ、、、。」
コーヒーを飲みながら俺は時計を見た。 まだ6時だ。
「シャワー浴びてもいいかしら?」 「いいよ。」
「誰かさんに愛されてたから汗かいちゃってさあ。」 「あらま、、、。」
尚子は冷蔵庫を開けて具材を探している。 「味噌汁飲みたいなあ。」
脱衣所に入った初枝はわざと俺に見えるように服を脱ぎ始めた。 「ねえねえ、高木さん 昨日は初枝さんとやったでしょう?」
「ぎく、、、。」 「やったんだ。 どうだった?」
「良かったよ。」 「じゃあさあ、今夜はマジで私を抱いてね。」
「ああ。」 「さてと、味噌汁を作りましょうかねえ。 高木さんと初枝さんのために。」
「いやだなあ。 止してよ。」 「いいじゃない。 初枝さんもやりたかったんだろうし、高木さんもちょうどよかったでしょうから。」
尚子はどっか挑戦的である。 俺はベランダに目をやった。
康子が残していった植木鉢はまだ転がっている。 あの日に見掛けて以来、直す気にはなれなくて、、、。
初枝は熱めのシャワーを浴びながら考えた。 (高木さんも欲求不満よねえ。 激しかったなあ。)
ここ1年、内と外でごたごたしっぱなしの会社の中で沼井と高木は何度も話し合いをした。 そしてやっとプロジェクトチームの答申が出され、会社が変わってきた。
刺された時にはどうなるかと思ったけれど、こうしてなんとか仕事を続けている。 最大の重しだった取締役たちも会社を去った。
そして悩みの種だった管理部も解散した。 その後にも事件は続いたが、、、。
 「さてと、、、すっきりしたし朝食でも食べようかな。」 浴室から初枝が出てきた。
「はーい。 お待ち同さま。 尚子はいつものようにおどけて朝食を差し出した。
「まあまあ、尚子ちゃん 奥さんみたいねえ。」 「うん。 奥さんですから。」
「おいおい、、、。」 「お似合いよ。 お二人さん。」
「ありがとうございまあす。 卵焼きもう一つプレゼントしちゃいまあす。」 「いいわよ、そんなに食べれないから。」
「いいのよ。 高木さん特製の卵焼き 食べてあげて。」 「じゃあ食べようか。」
今日も二人は仲良しである。 これでいいと俺は思った。

 会社ではいつものように荷物の搬入やら掃除屋らで社員たちが慌ただしく動き回っている。 「楽しそうだなあ。」
沼井は社長室からその姿を見守っているのである。 「高木君は?」
秘書の斎藤ゆかりに聞いてみる。 「高木さんならカスタマーセンターに居ますよ。」
「そうか。 あそこも変わってきたからなあ。」 沼井は美味そうにお茶を飲んだ。