社に戻ってくると営業部が会議をしていた。
(会議ばっかりやったって売り上げは上がらないんだぞ。 分かってないな おバカさんたち。) 何かといえば会議会議ってうるさい会社だ。
それで辞めていった人が何人居るのか、この人たちは分かってない。 方法や作戦をいくら話し合っても物は売れない。
親父さんが社長だった頃は「とにかくお客さんに会ってこい!」って言われて総出で売りに歩いたもんだよなあ。
娘の代に代わってから話し合いだ会議だ作戦だってうるさくなった。 文句を言うと「父と一緒にしないで!」って喚くんだよな。
でもさ、現実として売り上げは落ちてるんだ。 会社の収益も落ちてるんだ。
給料を払うのにも苦労してることも知ってるよ。 役員連中は下がるのを嫌がってるんだろう?
おかげで俺たちのボーナスはどんどん下がっている。 そんなに高くないのにさ。
 部屋に戻るとまたまたパソコンを開いて睨めっこをする。 問い合わせは以前より減ったな。
メールが一通も来ない日だって多くなった。 そのうちに3時を過ぎた。
「申し訳ない。 今日は早めに帰らせてもらうよ。」 「いつものことですから。」
「おいおい、そりゃあ無いだろう?」 「最近は前みたいに忙しくないから早退しても誰も文句も言いませんからねえ。」
管理者の水谷三郎がタバコを吸いながら俺の顔を見た。 「じゃあ、よろしく。」
 まだまだ明るい太陽を拝みながらまたまた社を出る。 下校途中の高校生たちが見える。
ここ、訪問販売の田村を挟むようにして県立高校と私立高校が建っている。
登下校時は右から左から生徒たちが集まってくる。 なかなかいいもんだね。
彼らには今の社会の歪みなど見えてはいないだろう。 純粋なまでに夢を輝かせている。
俺にもあんな時代が有った。 現実社会が夢を真っ黒に塗り潰してしまったんだ。
 高校生の頃、俺はロックバンドに憧れていた。 シャウトするあの姿に胸を打たれていた。
でも同じ夢を見るような仲間は集まらなかった。 それで販売員になったんだ。
それから30年。 気付いたらパソコンの面倒を見る係になっている。
俺もそろそろ用済みなのかなあ? チラッとそんなことを考えてみる。
考えながら家の方向へ走る。 平凡な平凡な一日が終わってしまう。
たまにはあっと驚くような出来事が起きないものか?と辺りを見回してみたりする。
 でも何も起きないんだよね。 というか、起こす人が居なくなったのか。
だからってさ、こんな町を素っ裸で疾走されても困るんだけどね。
え? お前なら見たいだろうって?
いやいや雑誌だけで十分だよ。 街中で見るもんじゃない。
 途中、珍しくスーパーにも寄って買い物を済ませた俺は暢気な顔で部屋に帰ってきた。
郵便受けに葉書が挟まっている。 「何だろう?」
抜き取ってみると康子からの葉書だった。 (康子か、、、。)

 『住所も変わってなかったのね? 不思議だけど安心したわ。
土曜の夜は待ってるから来てね。
                    や、す、こ』

 意地らしいというのか、この年になっても、、、というのか、俺にはなぜか可愛く見えるのである。
同年代なはずなのに、、、。 でも同い年でも可愛く見える人はほんとに可愛く見えるものだ。
(女って不思議な生き物だよな。) 葉書を読み下した俺はそのまま居間へ入っていった。
今日もまた見慣れた平凡なモノトーンで殺風景な風景が広がっている。
でも康子が居るだけでそれが違って見えたのだから不思議なものだ。 そう、黙っていても風景が変わってしまうんだ。
俺が座っていたって絵にもならないのにさ。