「おいおいって何ですか?」 「キャバじゃないんだからさあ、、、。」
「まあ、いいじゃない。 今夜はリップサービスよ。」 気が気ではない俺を尻目に尚子は動き回っている。
「おー、山本さん 今夜は決まってるねえ。」 「でしょう? 高木さんはちっとも褒めてくれないのよ。」
「高木君、新しい嫁さん見付けたのか?」 「いやいや、嫁さんなんて、、、。」
「あらあら、再婚? おめでたいじゃない。 お祝いしましょうよ。」 「ちょちょちょ、待ってよ。 まだ決まってないんだから。」
初枝がお祝いなんて言い出したものだからさすがの尚子も焦っている。 「まあまあ、内緒にしとくからさあ、、、。」
 「それよりもさあ、乾杯しようよ。 なあ、山本さん。」 「あっそうだ。 すっかり忘れてたわ。」
「キャミなんか着るから、、、。」 「なあに?」
「いや、、、。」 尚子がジョッキを抱えてきた。
「今夜は飲みましょうねえ。 ねえ、柳田さん。」 「う、うん。 それにしてもさあ、、、。」
初枝はチラリと俺を見た。 (この視線は何だろう?)
栄田は自分と俺の大きなジョッキにビールを注いだ。
「ビールってさあ、こうやって注ぐと美味しいんだよ。」 樽のビールを注ぎながら彼は得意顔である。
 まず半分ほどの冷えたビールを一気に注ぐ。 泡が立ってくるのを見て、周りから静かにビールを注いでいく。
八分目ほどビールが入ったらゆっくりと泡が沸き上がるのを待つ。 そうすると濃い泡のビールが出来上がる。
ジョッキもキュンキュンに冷えていることが条件だ。 こうすると泡が栓になって気が抜けるのを防いでくれる。
一気に注いでしまうと気も一気に抜けるからまずくなる。 やっぱりそうだよなあ。
 モクモクと泡が立ち上がったジョッキを持ってみんなで乾杯だ。 「さあ、食べようか。」
肉も茄子もいい具合に焼けている。 外で食べる焼肉はやっぱり美味いもんだ。
車が走って行った。 あんまり見掛けない会社である。 この辺にも外車に乗る人なんて居たんだなあ。
俺はどうも外車は好きになれない。 やっぱり日本車がいいな。
って言っても免許は持ってないから乗せてもらうだけなんだけどね。 トヨタも日産も好きだねえ。
「今日は会議だったんだろう? どうだった?」 「どうもこうも、、、あいつらは何も分かってない。」
「もめるだけもめて、プロジェクトチームに全て投げたんだってよ。」 「そりゃあひどいなあ。」
「だって沼井さんだもん。 あの人には出来るわけないわよ。」 「そこまで言う?」
「そりゃねえ、仕事のほうはなんとかなるでしょうよ。 でも社内をまとめるのは無理よ。」 「プロジェクトチームか、、、。」
初枝はトウモロコシを齧りながら暗い顔になった。
 今夜は久しぶりに晴れていて何処までも漆黒の宇宙が広がっている。 思えば地球だって宇宙の中を飛んでいる星なのだ。
その軌道なんて誰の目にも見えない。 ごくごく自然に引力と重力が釣り合った所を飛んでいるだけ。
どちらかのバランスが崩れたらそれだけで吹き飛んでしまう。 儚くも有り恐ろしくも有る。
人間だって小さな小さな細胞の塊だ。 どれか一つが反乱を起こしただけで病気になってしまう。
誰かが言っていた。 「小さな細胞の死の上にぼくらの大きな生が有るんだよ。」って。
 髪や爪を切り、髭や産毛を剃る。 切られ剃られた物はゴミとして捨てられる。
それが続きに続いて70年80年経った時、肉体も寿命を終えて死に絶える。 そして灰になる。
「人間だって食物連鎖の一部だったんだぞ。」 誰かが言っていた。
今では鮫が、虎が人間を襲うだけで有毒動物のように騒がれて駆除されてしまう時代だ。
考えてみればさ、鮫や虎から見れば人間だって食糧難だよね。 餌なんだよ。
 いつだったか、海水浴に行っていて遠泳をしていたら鱶に襲われたっていう中学生だったかな?のニュースを見て愕然としたことが有る。
それだって遥か昔には日常の風景だったんだろう。 人間だけが何にも襲われずに生き延びていくなんて不条理だよね。

 尚子が2杯目のビールを注いできた。 まだまだ2杯目だったのか。
栄田は初枝と盛り上がっている。 肉もいい具合に焼けてきていい感じだ。
尚子は俺の隣に座ってビールを飲んでいる。 時々、思い出したようにくっ付いてくるからそのたびに目が覚める。
「高木さんも飲みましょうよ。 プロジェクトチームのことは後でゆっくり考えればいいからさあ。」 「そうだねえ。」
「高木君、歌わないか?」 「歌?」
「そうだよ。 歌の一つくらい歌わないと何か盛り上がらないよ。」 「何歌おうかな?」
ボーっとしている俺の隣で尚子がスマホを弄っている。 「カラオケでも出しますか?」
「気が利くねえ 山本さん。 やっぱり高木君のお嫁さんだね。」 「おいおい、それはまだ、、、。」
「いいのよ。 私、今夜はお嫁さんになってあげる。」 「ヒューヒュー! 結婚おめでとう!」
「やめてくれよ 恥ずかしいじゃないか。」 「お互いに50代なんだから恥ずかしいもくそも無いだろう? なあ、高木先輩。」
栄田はさらに捲し立ててくる。 初枝もついには便乗してきて、、、。
「新郎新婦に祝杯を上げなきゃねえ。」なんて言ってきたから狭い庭は大爆笑の渦に飲み込まれてしまった。
その中で栄田のスマホが鳴っていた。 「誰だろう? おー、河合さんか。 俺たちさあ、高木の家に集まってるんだよ。 お前も来い。」
河井義孝、経理部長である。 こいつは栄田とも仲良しで大学生の頃から一緒に飲んでいたそうだ。
 30分ほどして河井も出来上がった顔でやってきた。 「何処で飲んでたんだ?」
「丸一だよ。」 「あの店で飲んでたのか?」
「刺された人は元気になったのかって店長が聞いてたぞ。 栄田、いつかみんなで飲みに行こうぜ。」 「そうだな。 あれ以来、顔も出してないんだもんな。」
バーベキューはまだまだ盛り上がりそうだ。 河井が呼んだのか、管理部の細谷修子まで飛んできた。
「足りないと思ったからビールとお肉たくさん買ってきたわよ。 オールナイトで飲みましょうねえ。」 修子も元気な女だ。
 俺たちが若かったころ、夜通し何かをやることが憧れみたいになっていた。
オールナイトコンサートだって今より大々的だったな。 一度も行ったことは無いけれど、、、。
「これから会社は大変だっていうのに暢気なもんだなあ。」 「あのなあ、そんなことは後でゆーーーーっくり考えればいい。 今はとにかく何もかんも吹き飛ばして元気になるしか無いんだよ。 分かるか 高木。」
「そうだけども、、、。」 「心配するな。 チームのことは俺たちがサポートするからまあ飲め。」
河井はジョッキを俺に差し出した。 「一気だぞ。 一気。」
「河井さん、それは無理だよ。」 「やれるやれる。 高木は昔から大酒飲みだったんだからなあ。」
「えーーーーーーー? うっそーーーーーー?」 「山本さん 驚き過ぎ。」
「だって知らなかったんだもん。 うっそーーーーー!」 「山本さんのキャミのほうがうっそーーーーだけどねえ。」
「柳田さん、、、それは、、、。」 「ああそうか。 今晩、高木さんとやるんだもんねえ。」