「さあ、飲みましょう。」 尚子がグラスを持った。
会社のほうはどうなるか分からない。 副社長まで連行されているから実動部隊が居ないんだ。
社長が練り込んだ計画を支持してまとめてきたのは副社長だからね。 これからどうするんだろう?
ニュース速報が出た。 【堀田副社長 監理部長と共に送検。】だって。
これじゃあ半年は動けない。 さっさと人事を決めないと、、、。
 グラスは二杯目。 尚子も黙ったままテレビを見ている。
(こんな雰囲気もいいな。 女と居ると喋ったりエッチしたりってなりがちなんだが、黙って飲んでるのもいい。 この雰囲気は好きだ。)
 スナックで飲むのもいいけれど、歌ってるやつも居るしママやホステスに気を遣うし、ゆっくり飲んでいられない。
若い頃はそれでよかったが、この年になるとね、たまに飲むくらいがちょうどよくなる。
好きなつまみを食べながら誰にも気兼ねせずやりたいことをやる。 それがいい。
 康子は飲まない女だった。 まあね、付き合いで少しだけ飲んでたけど。
それでもいつも変わらずに俺の話を聞いてくれていた。 優しい女だった。
尚子はポテチを食べながらテレビを見ている。 時々、深い溜息を吐いたりしながらね。
時間はゆっくりと流れていく。 尚子のスマホが鳴った。
 「あら、柏崎さんじゃない。 どうしたの?」 「明日から暫く会社は営業を休むんだって。」
「そりゃそうなるわよ。 副社長たち送検されたんだもん。」 「そうよね。 これからどうする?」
「私はまだ決めてないわよ。」 「私なんてさっさと辞表を出そうと思ってる。 次の仕事を探したいし。」
「辞めちゃうの? 寂しいな。」 「でもさあ、しょうがないよ。 生活しなきゃいけないんだもん。」
「そうだよなあ。 どうしよう?」 「それで、明日一緒に飲まない?」
尚子はそう言われてから俺の顔をチラッと見た。 分かったように頷いてやる。
「じゃあさあ、いつもの店ね。」 「あいよ。」
 電話を切った尚子はまた溜息を吐いた。 「由美ちゃんも辞めるんだって。」
「しょうがないよ。 仕事しなきゃ生きていけないんだから。」 「そうよねえ。 高木さんはどうするの?」
「しばらく様子を見るよ。 どう転ぶか分からないから。 それに仕事もまだ残ってるし。」
どうやら明日は休みになるらしい。 10時を過ぎて連絡が流れてきた。
 それから俺たちは二人だけの飲み会を、、、。 「明日は何処で飲むの?」
「女だけのひ、み、つ。」 「そっか。」
「高木さんなら柳田さんたちが誘ってくれるんじゃないのかなあ?」 「あの人たちはどうなのかなあ?」
「飲んだこと無いの?」 「会社の飲み会で付き合ったくらいだからねえ。」
「それもまた寂しいなあ。」 尚子は酎ハイをグッと飲んだ。
「妻が居たからさ、遠慮してたんだよ。 お互いに。」 「それは分かるけど、、、。」
「営業部の連中とは飲んでたんだよ。 毎週のように誘われて。」 「それはそれで困るなあ。」
「どっちがいいのか分からない。 今は一人だからどうだっていいけどね。」 「じゃあさあ、明日柳田さんに声を掛けてみたら? 暇なんじゃないかなあ?」
「あの人はあれでけっこう社交的だからねえ。」 そこへまた電話が掛かってきた。
元営業部長の桜田健吾である。 「高木君、今後どうするんだね?」
「まだ分からないよ。 様子見で二か月くらいは残ろうかと思ってるけど。」 「明日なんだが暇かい?」
「俺はいつでも暇だよ。」 「じゃあさあ、営業部のメンバーを集めるから激励会をやらないか?」
「激励会?」 「そうだ。 この期に辞める人も居る。 残る人も居る。 弾みを付けたいんだ。」
「監理部は呼ばないのか?」 「仲のいい人は呼んであるんだ。 総勢で、そうだな30人くらいか。」
「そんなに居るのか? じゃあ行くよ。」 「丸一だ。 貸し切りにしてあるからな。」
電話の内容を聞いていたのか、尚子がスマホでこそこそと話している。 俺は受話器を置いた。
 「丸一だって?」 「そうだ。 営業部と管理部の激励会をやるんだって。」
「桜田さんもやるわねえ。 見直しちゃった。」 「30人くらい来るんだって。」
「ごゆっくりどうぞ。」 「冷めてるなあ。」
「私たちは私たちでやりますからね。」 残っていたビールをグラスに注ぐとパソコンを開いた。
静かな音楽を聴きたくてYouTubeを検索する。 ジャズが並んでいる。
ジャズを聴いていたら尚子が懐に飛び込んできた。 「今夜はこうして居たいなあ。」
その髪を撫でながらキスをする。 「初めてね。 キスしてくれたのは。」
「んだ。 やっと好きになれたらしい。」 「今まで嫌いだったの?」
「そうじゃないんだ。 ただ女として見てただけ。」 「体だけの付き合いなら嫌よ。」
(セフレだの何だのって言っておいてかい?) (尚子ちゃんはこれからどうする?」
「一緒に住んでもいいわよ。」 「住んでもって何だよ?」
「ごめんなさい。 一緒に住みたい。」 目を合わせてくる。
心の奥まで見詰められている気がする。 これが愛なのか?
愛する女なのか? 布団に入っても彼女は腕枕で幸せそうだ。
寝息が聞こえている。 何の憂いも無ければいいが、、、。

 翌朝、俺たちは遅くまで眠っていた。 出勤する必要が無くなったのだから。
11時過ぎに起きてシャワーを浴びる。 昼食はなるべく軽めに済ませることにした。
飲みに行って何も飲めなかったら困るから。
 尚子は主婦らしく動き回っている。 掃除道具を持って忙しそう。
「お風呂もおトイレもたまには掃除しなきゃダメですよ。」 「月に一度はやってるんだけどなあ。」
「週に一度にしてください。 汚れ過ぎです。 吐きそうだわ。」 うんざりした顔でトイレから出てきた。
「ごめんごめん。 世話係にさせちゃって、、、。」 「介護の練習ですか?」
「おいおい、介護は無いよ。」 「でも考えといたほうがいいですよ。 ボケるの速いから。」
「んんんん、そうだけど。」 「終わったら台所もやりますね。」
本当に尽くしたい女なんだなあ。 でもさ、世の女ってみんなこうなのかなあ?
尽くしてる振りをする女も居るんじゃないのか? 俺には分からないけど。
 昼を過ぎてすっかり掃除も終わった尚子は疲れ切った顔で椅子に座った。 「どうしたの?」
「これじゃあ先が思いやられるわ。」 「何で?」
「私が居ないと掃除もろくに出来ないんだからねえ。 お父さん。」 「おいおい、お父さんは無いよ。」
「お父さんよ。 私のご主人なんだから、、、。 ちっとは掃除の練習をしてもらわないと困りますねえ。」
今日も尚子は河豚のように頬を膨らませている。 怒っているのに可愛く見えてしまうのはなぜだろうか?
 冷蔵庫に入っていたピザを二人でチンしてパクパク、、、。 なんか犬みたい。
食べ終わると「ゴミはこんな風に捨ててくださいね。」と先生のような顔で尚子が言う。 「分かった。 分かったよ。」
「そんな言い方をする人はたいてい分かってないんです。 分かってください。」 「分かった。」
「よろしい。」 彼女は頷いた。