「気持ちは分かるわよ。 奪うのは恋で、与えるのが愛だって言う人も居るくらいだから。 でも愛だって奪わないと生まれないのよ。」
今夜の尚子はいつになく真剣な目で訴えてくる。 負けてしまった。
 布団に入ってもさっきの言葉が頭の中を駆け巡っている。 「奪わなきゃ生まれない、、、か。」
「おそらくさあ、奥さんだって全てを奪ってほしかったのよ。 高木さんは優しいから奪えなかったんでしょう? だから中途半端になっちゃったのね。」 腕枕をした尚子は俺の顔をじっと見詰めている。
「もっと言えばそれは優しさじゃなくて弱虫なだけ。 怖がってるだけなのよ。 だから奥さんも逃げたんだと思うわ。」 一番痛い所を突かれてしまった。
「獣になって。 愛する時には獣になって。 遊んでる時に獣になられたら怖いけど。」 そう言ってキスをしてくる尚子、、、。
気付いた時には二人とも夢の中へ落ちていた。

 翌日は日曜日。 「明日から仕事出来るかなあ?」
「当分は難しいと思うよ。」 「そうよねえ。 副社長まで連行されたんだもんね。」
「あれじゃあ、当分は出て来れないから会社も大変だ。 株も売りが増えてるって言うから夏まで持ちこたえられるかな?」 「株のことは分からないけど持ちこたえられなかったら大変だわ。」
朝食を済ませてお茶を飲みながら穏やかに話している。 俺は尚子の胸元にペンダントを見付けた。
「それどうしたの?」 「昨日さあ、見付けたから買っちゃった。 jtって彫ってあるんだもん。」
「jt? 俺のイニシャルみたいだね。」 「分かった? すごーい。」
喜んでいる尚子は久しぶりに見た気がする。 こんなに可愛かったんだ。
「映画でも見に行こうか。」 「誘ってくれるの? 嬉しいなあ、行くわよ。」
「よし。 じゃあ準備しよう。」 だからって洒落た服など持っていないのだが、、、。
「実はさあ、高木さんに着てもらおうと思って買っておいたのよ。 着てくれる?」 「尚ちゃんが選んだんなら着るよ。」
軽く化粧もして尚子は寝室から出てきた。 「別人じゃん。」
「何言ってるの? 私は尚子よ。」 「う、うん。」
 休みの日の外出。 別人みたいになった俺たちはアベックみたいに寄り添って家を出た。
「タクシーじゃなくてバスで行きましょう。」 「バス?」
「タクシーだとさあ、運転手が目の前に居るから緊張しちゃうじゃない。」 「それもそうだな。」
いつものショッピングモールとは反対方向へバスは走る。 デート気分もいいもんだ。
二人掛けの座席に並んで座っている。 今日もバスは満員だ。
家族連れも居る。 カップルも居る。
一人で乗ってる人も居る。 様々だね。
 駅前通りを通って歓楽街を抜け、さらに走ってバスは止まった。 「降りようか。」
ふと隣を見ると尚子は窓にもたれて眠っていた。
「おいおい、着いたよ。」 「いけない。 寝ちゃった。」
焦っている尚子も何だか可愛く見えてくる。 もしかして恋してるのかな?
 バスを降りた俺たちはしばらく歩いてお目当てのシアタービルに入った。 「こんな所が有ったんですねえ。」
「知らなかった?」 「デートすることも無いから映画なんてテレビで見るだけだったのよ。」
 中島ビル一階はフードコート。 二階は邦画の上映館、三階は洋画の上映館である。
フードコートは何処も同じらしく賑わっている。 簡単な腹ごしらえにハンバーガーを買って二階へ、、、。
 映画のチケットを買ってからフリースペースの椅子に落ち着いてハンバーガーを取り出す。 コーラを飲みながら食べていると、、、。
「あれって柳田さんじゃないかな?」 尚子が耳打ちしてきた。
「急いでるみたいだね。」 「うん。 どうしたのかな?」
初枝はスマホを見ながら歩いている。 お目当ての人でも探しているのか、、、?
 どうやら初枝が通り過ぎたところでホッとした俺たちは中へ入っていった。
薄暗い部屋の中で座席に落ち着くと尚子が手を握ってきた。 ドキドキしながら握り返すと尚子がもたれてきた。
「寝るんじゃないぞ。」 「分かってる。 寝たら起こしてね。」
上映開始のブザーが鳴った。 人気女優がスクリーンの中で泣きながら歩いている。
場内は水を打ったように静かだ。 緊張するなあ。
尚子は画面に釘付けなのだろう。 身じろぎ一つしない。
電車が走って行く。 懐かしい風景だ。
昭和時代の古い電車である。 あの音はいつ聞いてもいいよね。
くしゃみを我慢しているおじさんが居る。 でも終いには我慢できなくなったのか、ド派手なくしゃみをしてしまった。
周りから集まる冷たい視線に俺までが縮こまってしまう。 映画館はこれだからなあ、、、。
昔はスクリーンなど関係なく煙草を吹かしている人が多かった。 でも今は何処も禁煙だ。
形見狭いよなあ。 俺は吸わないからいいけどさ。
 しばらくすると左肩が重たくなってきた。 尚子がもたれているらしい。
ん? 尚子は右側だぞ。
よくよく見るとそれは見知らぬおじさんだった。 そっと小突いて目を覚まさせる。
なんか焦ってる。 おじさんだな、やっぱり。
と思っていたら今度は右側からもたれてきた。 起こすかどうか迷ってしまう。
でも起こさないと「何で起こしてくれないんですか? 見たかったのに、、、。」って言ってくるんだろうから、そっと起こしてやる。
こちらも何課慌てている。 涎を垂らしていたらしい。
 映画は進んでいる。 主人公が出てきた。
どうやら賭けマージャンのシーンらしい。 よくまあ撮ったもんだな。
やくざの殴り込み? なかなかに激しいな。
いやいや、派手だねえ。 すっきりしそうだ。
 2時間ほどでエンドロールが流れ、蛍光灯が点けられると、さっきのおじさんは飛ぶように出て行った。 (女じゃなくて良かったな。)
背伸びをしてから二人で部屋を出る。 外の空気がすがすがしく思えてくる。
「久しぶりに大きな音で聞いたわ。 すごかったわねえ。」 「やくざなんて久しぶりだよ。」
「なんかさあ、ホッとしたっていうのかな、荒れまくったから落ち着いたわ。」 「俺もだよ。 会社のほうはこれからだけどな。」
「高木さんはこれからどうするの?」 「いつも通りだよ。 帰ったら選択して飯を食って飲んだら寝る。」
「つまんないなあ。 私は一度家に帰って用を済ませたらまた来ようかな。」 「おいおい、明日どうなるか分からないんだよ。 しばらくは家に居たほうが、、、。」
「連絡はスマホに来るから大丈夫。 高木さんの家に居ても連絡は取れるから。」 「そうじゃなくて、、、。」
「え? 誰かと会う予定でも有るんですか?」 「無いけど、、、。」
「じゃあいいじゃないですか。 よろしくお願いします。」 ペコんと頭を下げてくる尚子にはめっちゃと弱いんだ 俺は。
というわけで今夜も尚子様は狭いおじさんの家に泊まりに来るらしい。
 そんな尚子が戻ってきたのはそろそろ飲もうかという時だった。 「間に合って良かったわ。」
着替えてきたのか、すっかり化粧も落として素顔に戻っている。 「このほうがいいよ。」
「そうなの? デートくらいはきれいにしようかと思ってたから、、、。」 「緊張したよ。」