「いらっしゃいませ」
 ラナがお盆をカウンターの上に置いてから挨拶をすると、令嬢がお付きの侍女を連れて店内をじっくりと観察し始める。ツバの広い帽子を被っているので私からは令嬢の顔をはっきりと見ることはできない。
 店内を一通り見終えた令嬢はやがてフンッと鼻を鳴らして顔を上げた。

「あらあらあ、ここが本当に婚約破棄されたことで有名なキュール侯爵令嬢のお店なの? 侯爵だというのに随分とちんけなお店ですこと。没落しかかっているのがよく分かりますわあ」
「ジャクリーンお嬢様の仰る通りです。到底商売が繁盛するとは思えません」

 令嬢の顔がはっきり見えたことと侍女が名前を呼んだことで、誰がやって来たのか分かった。
 あれはキュール侯爵家の政敵であるヴァニア伯爵家の令嬢・ジャクリーン様だ。

 ――ジャクリーン様はカリナ様の親しい友人でもあるわ。もしかして、カリナ様に代わって偵察に来たのかしら? うーん、家が政敵だから難癖を付けにきたとも考えられるわね。

 どんな意図で来たのかは図りかねるけれど、ジャクリーン様に敵意があることだけはひしひしと伝わってくる。
 婚約破棄された侯爵令嬢が開いたお店とあって、冷やかし目的で来る人間が一定数いると予想はしていたけれど、まさか開店初日に大物が来るなんて思ってもいなかった。

 早速お店の評判を落としたいジャクリーン様と侍女は細かく店内を観察しては、どこかに不備がないか粗探しをしてくる。
 ジャクリーン様は手に持っていた扇をバサリと開くと優雅にそれを扇ぎながら口元に寄せた。