浮浪者がこれから何をしようとしているのかなんて、いくら侯爵令嬢の私でも充分理解はしている。
 財布や金目のものだけを奪うだけなら御の字だけれど、果たしてそれだけで済むだろうか。路地は相変わらず人一人通らない。

 隙を突いて全力で体当たりをすればなんとか逃げ切れるかもしれない。しかし実際に成功する可能性は極めて低いように思う。
 何故なら、困ったことに私の足は恐怖で竦んでしまっていて、思うように動かすことができないからだ。

 退路を断たれてしまった私は動揺して新たな打開策を考えることができないでいた。
 ――助けて。助けて誰か……。
 心の中で助けを求めると、ある人物の姿が思い浮かぶ。

 白金色の髪に紺青色の瞳。いつも夕方に私のパティスリーに足を運んでくれるあの人。
「たす、け……て」
 擦れた声で呟くと、浮浪者はそれが面白いのかガハハと笑った。

「急に塩らしい態度を取ったって遅いぞ。最初から大人しく金を出してれば怖い目になんて遭わなかったのによ」
 浮浪者が下卑た笑いをしながらにじり寄ってくる。