「この俺を置いてどこに行こうとしてるんだよ?」
「あなたには関係ないでしょう? 痛い、離して!」
 力任せに掴まれた腕は悲鳴をあげ、私は表情を歪ませる。
 抱えていた茶色い包みが地面に落ち、中に入っていたレモンが飛び出して明後日の方向へと転がっていく。
 抵抗して腕を動かしていると、肘が男のお腹の辺りに当たってしまった。
 怯んだ男は、私の腕を放してお腹を擦ると激昂した。

「こっちが下手に出りゃ生意気な態度取りやがって!」
 もう片方の手を上着の内ポケットに突っ込むと、折りたたんでいたナイフを開いて刃先を私の方へ向けてくる。
「ひぃっ」
 逃げようと試みるも、あっという間に壁際へと追い詰められる。被っていた帽子がはらりと地面に落ちれば、陰気な空気に包まれた薄暗い路地に私の顔が露わになる。
 浮浪者は私の顔を見るなり、ヒュウと口笛を吹いた。
「へえ、まあまあ綺麗な顔してるじゃないか」
「こっちに、来ないで!」
「はんっ。威勢が良いのも今のうちだぞ。痛い思いをしたくなかったら大人しく言うことを聞け」