この森には狼や野犬はいないけれど、ごく稀に物盗りや人攫いなどが出没する。少年一人だけでいるのは危険だ。

 両親とはぐれたのなら街の警備隊のところへ連れて行って保護してもらった方がいいだろうし、孤児(みなしご)なら教会併設の孤児院へ連れて行く必要がある。だけど今から警備隊のところへ行って保護してもらうとなると手続きが完了する頃には深夜を回るからネル君がベッドに入るのはもっと遅くなるだろうし、孤児院の方はというと既に閉まっている。

 弟と妹よりもさらに幼そうな彼のことを思うとこのまま置き去りになんてできない。残された選択肢は私が保護して屋敷へ連れて帰ることだけだ。私の屋敷なら移動の時間も掛からないからすぐに眠ることができる。

 私はネル君を連れて帰ることを決めると彼の方を向き直った。
「ここに一人でいるのは危ないからうちに泊まっていくのはどう……って、あら? いない?」
 私は目を瞬くと立ち上がって辺りを見回した。


 おかしなことに目の前にいたはずのネル君はどこにもいなくて、忽然と姿を消してしまったのだった。