「――……美味しい」
 ほうっと息を吐く少年はその後も一心不乱にクッキーへと手を伸ばす。

 だけど私はその一言を聞いた途端、胸の中にあった長年の蟠りがとけていくのを感じていた。
 それはずっと固く閉ざしていた蕾が咲き綻ぶように、私の中で嬉しさや喜びという感情が花開いていく。

 嗚呼、と私は心の中で感嘆した。
 ――やっぱり、生計を立てていくならパティスリーを経営するのがいいわ。私が作ったお菓子を誰かに食べてもらって幸せそうにしている姿を見るのが大好きだから。


 フィリップ様にもショートケーキを作って持って行ったことはあったけれど、彼はちっとも手をつけてくれなかったし、「おまえは俺に素人が作ったお菓子を食べろというのか?」と嫌がられた。衛生上は問題ないと何度も説明しても「食中毒になるのが怖い」の一点張り。挙げ句の果てにはしつこいと言われてショートケーキを床に落とされてしまった。
 真心を込めて作ったお菓子を拒絶されたことで、私は自分自身を否定されたような気持ちになって、すっかり自信をなくしてしまっていた。