「二人ともお待たせ。ラナがクレープと一緒にお茶を運んでくれるわ」
「それは楽しみだな」

 シュゼットが席につくとエードリヒが先程の殺伐とした空気を引っ込めて和やかな雰囲気を醸し出す。二人が言葉を交わしている間にラナがワゴンでお菓子とお茶を運んでくる。
 テーブルに置かれたオレンジソースが掛かったクレープは見るからに美味しそうで、エードリヒは頬を緩めた。

「相変わらず美味しそうだな」
「エードリヒ様の大好物だもの。美味しく作れないでどうするの」
 たちまちネルの表情は強ばる。視線をおもむろにオレンジソース添えクレープへと落とし、今聞いた言葉を頭の中で反芻する。


 エードリヒが大好物のクレープ。
 彼がここに来たから作った、特別なお菓子。

 たちまち、ネルの心に黒い靄のようなものが現れる。黒い靄はやがて蛇のとぐろのように渦巻いて心の中全体を蹂躙していく……。
 これが嫉妬だとすぐに分かった。
 ――これくらいで感情を呑み込まれたらダメだ。

 ネルは天井を仰ぐと息をフッと吐いた。とにかく今は誰の好物とかは脇に置いていて、シュゼットが作ってくれたお菓子を堪能したい。
 気を取り直してオレンジソース添えクレープに視線を落とす。