「奥西さん? どうかしたの?」



うつ向くように廊下を歩き,教室へ戻る途中。

突然右下から誰かが声をかけてくる。

その誰かは呼吸を止めた私の前で立ち上がり,とうとうその顔を覗いた。

まだ驚きから抜け出せない私は,はくりと口を無意味に開ける。



「大丈夫? 頭いたい?」



違うよ,頭なんて痛くない。

痛くないよ……月くん。



「ううん,大丈夫。何でもない,何でもないよ」

「ねぇなんで目,合わせてくれないの? ほんとに大丈夫なの?」



月くんはずいと私により,その顔を見ようとした。



「なんっでも,ないってば……」



反射的に身を守るように動けば,月くんは私の右腕を掴んで上にあげる。

どうしていいか分からなくなった私の瞳に,揺れる月くんが見えた。



「……いこう」



どこへ

そう尋ねるために口を開くのも危ないくらい。

月くんは迷いなく私の腕を引いて,どこかへ駆け出す。

私は突然の出来事に目を大きく見開いた。

雫が下睫に零れる。