「なんか、びっくりかも……」

 別れたら気まずくなって、そこで終わりだと思っていた彼との関係。

「勇太君とこんな風にお茶できる日が、また来るなんて思ってもみなかった」
「ははっ、確かに。俺達色々あったもんな」

 どれもこれも鮮明に思い出せるのに、それ等はどれをとっても、遠い昔のことのよう。
 指先で氷を突ついた彼は言う。

「でもべつに、不思議なことじゃないよ。だって森と乃亜も元恋人だけど、今は友達でしょ?」
「そういえばそうだ。忘れてたっ」

 はははとたくさん笑って、表情を戻す彼。

「きっと本当に気が合う人とはさ、別れたってこうやって、楽しく時間を共有できるんだよ。かけがえないよね、元恋人って。相手のダメなとも良いとこも全て知ってる存在」

 そう言った彼の笑顔が陽に照らされて、暑い真夏の午後でも清々しく映った。


「陸とは、うまくやってる?」

 残り少ないドリンクを、くるりとカップごと回して彼が聞く。

「ああ、うん、一応……」

 私はコーヒーで口を封じた。

「ならよかった。俺、乃亜の好きな相手が陸だから諦めなきゃって思った部分も、多少あるからさ」
「え?」

 軟らかに笑う勇太君。続きを話す。

「陸に殴られた時さ、俺、どっかで負けを意識したんだ。ああ、陸と乃亜には強い絆があるんだなぁって。俺じゃ入ってはいけないなって、不安になった。そんなの取っ払うくらいに乃亜を振り向かせようと頑張ったけど、結局乃亜は、ずっと陸の方を向いてたよ」
「そ、そんなことっ」
「乃亜がこっちを向く努力をしてくれていたのもわかってる。その上で言ってるんだ。ふたりの間には誰も入れない、それがわかってからは、しばらく辛かったよ」

 その麗しい彼の瞳に私は一瞬でもときめき、あの頃、惹かれたのかもしれない。


「勇太君」

 もう少しで空になるカップを前に、最後にひとつだけ、聞いてみたいと思ってしまった。

「私との思い出は、苦い思い出ですか?」

 急に畏まった私に笑いながらも、彼は丁寧に答えてくれた。

「乃亜と過ごした日々は、素敵な思い出です」

 双葉が押してくれた背中に、手を添えられた気がした。