理緒はスーツのスカートを
キレイに正して座った。
ネイルもしている。
どうやら、
腕は完治しているようだ。
「…大丈夫ですか?」
「はい、この度は
大変お騒がせ致しました」
理緒が無表情で答えた。
「循環器内科の先生は
あなたが異型狭心症と診断しました。
最近ストレスはありませんでしたか?
仕事をやり過ぎていませんでしたか?」
誠一郎の質問に
「とくにありません」
と、理緒が平然と言い切った。
「そうですか、お仕事は一日
何時間ほどされてましたか?」
「15時間ほど」
15時間…!?
誠一郎は、驚いた。
「先月は一日、
何時間の労働でしたか?」
「…8時間です」
「どうして今月になって7時間も、
労働時間が増えているのでしょう?」
「………」
理緒は無言になった。
「私が前回お話した事を
覚えていますか?」
「………」
理緒は、無言でコクンとうなずいた。
「で、あなたは、やっぱり
仕事に逃げたのですか?」
誠一郎はわざと「逃げた」と言った。
「逃げてません、バレエとピアノを
やめるよう言われたので、その空いたお時間に
お仕事で先生方のお力になれたら、と思いました」
「それは職場としてはありがたいでしょうが
倒れるのは、迷惑だと思いますが」
誠一郎は自分でも意地悪な言い方と思ったが、
理緒をつついてみた。
「…はい、ご迷惑を
おかけしたと思います…」
誠一郎は、一呼吸置いて
「あなたは、いつでも
0か100か、白か黒かで
判断していると思います。
中間のグレーが
ないように感じます
いったん、バレエもピアノも
お仕事もお休みして、思考をフラットな
状態にしてみてはいかがですか?
そのあと、バレエやピアノや仕事の
配分を考えてみたらいかがでしょう?」
「それは…」
「嫌ですか?」
「………」
そうとう嫌なのだろう。
「私の収入がなくなりますので
仕事は続けたいです」
「でも、あなたは正社員でしたよね?さらに法律事務所にお勤めになっている。休職手当がありますし、あなたの父親も医者なわけでしょ?」
亮二を頼ればいいと
促したつもりだったが
「津川先生を
頼るつもりはありません」
理緒の目つきが鋭くなった。
前にも、こんなことが
あったような…
「いずれにしても、あなたは異型狭心症という
病気があります。
ストレスのない生活を維持する必要があります。
異型狭心症は突然死する場合もあるのですよ?
あなたは、いつまで、こんな生活を
続けるつもりですか?」
「………」
「また、検討しますで
終わらせるのですか?」
「………」
理緒は困惑した顔をしていた。
誠一郎はカケに
出てみることにした。
大きなカケだが
上手くいく自信があった。

