ワインとチーズとバレエと教授



主治医は「藤崎誠一郎」と名乗っていた。外科の亮二と違って、精神科医の誠一郎は、淡々としている印象だった。でも、鋭い目線で、全てを見透かしているような気がしてならない。

誠一郎は、ほとんど感情を出さないが、淡々としているくせに、時々、核心を突く一言を言う。そのぶん、不気味だ。笑いもしないし、怒りもしない、優しいわけでも、気さくでもない。

今までの精神科医とはやはり違う。でも、軽く七三に分けて、ピシッとしたシワ一つない、白衣を着ている誠一郎には、清潔感と、潔癖さと、教授としての威厳と品格を感じた。

そして、理緒に時々、駆け引きをしかけてきてるのも分かる。

「失念しました、なんてウソ…」

理緒も誠一郎の意図を理解していた。理緒はそれが恐ろしくもあり、なぜか、素敵にも思う。知的な目と、長い指先、男性にしては、細くて色白な誠一郎。

理緒は初診の日、誠一郎を見て、何かを感じた。

それは、孤独と孤高と、深い闇ー
そして、誠一郎の人柄に惹かれる理緒がいる。おそらく、自分は誠一郎に好意を持っていると、どこかで感じていた。

でも、自分の心の内は悟られたくない。そして、今の生活を、何をどう改善していけば良いか、全く分からない。しかし、誠一郎は、あえて細かい指導をしてこない。その雰囲気から察するに、自主的に行動するのを待っているのだろうー

でも、このまま、多忙で、めちゃくちゃな生活がいいとは、理緒自身も思ってはいない。本当は、こんな多忙な生活は良くないと、どこかで思っているー

「忙し過ぎませんか?」

「検討してください」

誠一郎はそう言った。分かってる。でも、出来ない。なぜか出来ない。なぜ出来ないのかも、分からない。いや、今は余計なことを考えたくない。理緒はワイングラスを置いて、電子ピアノに向かった。
そしてヘッドフォンをつけ、そして狂ったように幻想即興曲をひき続けた。