ワインとチーズとバレエと教授

泣きたいのはこっちだと、誠一郎は思った。
いっそ、殺してくれればよかったのに…

誠一郎はゲホゲホ咳き込んだあと、身体を起こして
ジャケットを羽織って家を出ようとした。

「誠一郎、誠一郎…!」

母親が呼び止めた。

「お父さんがこんな状態でもう、大変なの…お母さん、どうしたらいいか…」

母親は誠一郎の手を握ったが、誠一郎は思いっきり
母親の手を振り払った。

殺されかけた息子に「大丈夫?」とも聞かない
母親だ。

「最初に手を振り払ったのはあなただ!」

誠一郎は母親を睨みつけた。

「誠一郎…!」

「繋ごうとした手を…最初に俺の手を振り払ったのは母さんだった!」

「あのときのことを言ってるの…?お母さんのね、あのとき、いっぱいいっぱいで…でも、誠一郎のために…」

「俺のためじゃない!全部、父さんのためだ!母さんが俺を愛したことなんて一度もないし、俺が母さんに愛されてると感じたことも一度もない!二度と俺に触れてくるな!」

それは鋭い言葉となって母親の胸を刺した。
母親は泣き崩れた。
そしてそのまま誠一郎は実家を出た。