ワインとチーズとバレエと教授



「……結婚までは…私がカナダのトロント大学の
留学が決まって、別れましたもう10年も前です……」

「……そう…」

二人に沈黙が訪れた。

「……誠一郎さんは、何で私を好きになったと思います?」

「…え…」

前にも伝えたが、曖昧な回答だった。

今は好きというより愛している。

それは、理緒と肉体関係を持ったから、余計にその気持ちが加速していった。でも、好きになった理由は…なんだろう…

「……私の考察です。診察室で先生を見ていると…孤独に見えました…」

「…え?」

「先生は、"私は無力です"と言いました。
今まで色んな患者さんを診て先生は、傷つかれたのかな…と。とても距離を取りながら私とも接してました…」

「………」

「全ての患者さんが先生の言葉を、理解できるわけではありません。私は他の精神科にもいたので、よく分かります…」

「……」

「…私と先生を一緒にするのはおこがましいと思いますが、私達は、最初、お互いの出方を見合ってました、それは知的な頭脳戦です、だからこそ、お互いの傷がよく見えるのだと思います…だから、先生は私に親和性を感じたような気がします。

私の勘違いでしたら、どうか、お聞き流してください。先生が、 

"なぜ私を好きになったか
表現するのは難しい"

と仰っていましたので、そういう理由かと…
もし、そうなら、私は先生に何ができるかを考えています。

ただ、いるだけでいいのか、それで、先生の生活や
その他の複雑な事情を傷つけないか…いろいろ考えていました。分かったような口を聞いてしまい、すみません…」

理緒がそう言った。
鋭い考察だー

誠一郎は理緒にこんなに惹かれる、理由が分からなかった。

ただ惹かれるー
美しいから?
若いから?
可愛らしいから?
気品があるから?
頑張り屋だから?

それもある、でも、それだけでは説明出来ない何かがあった。

「……あなたは、フロイト並の精神分析ですね…」

それは、誠一郎が、理緒の仮説を認めた言葉だった。

誠一郎は思い返した。

そう、最初はお互い本心を、さらけ出さなかった。
確かに、静かな頭脳戦を繰り広げた。

理緒が動じないので、誠一郎の診察の姿勢は、受け身的に続けたが、それでも理緒は、心を開かなかった。だから、怒らせて、押してみた。

それが出来るのは日常会話が成立し、高度な会話技術がある患者だけ。

理緒は、自分の傷にいつからか、いや、それとも、最初から、気づいていたのだろうか?

そして誠一郎は、理緒に、ずいぶん嫌味も言ったし
挑発もしたし、わざと追い詰めたし、理緒をわざと怒らせた。

でも理緒には、いつからか診察室で「自分の本性」を出すようになった。

「あなたが死に行き急ぐのは悲しいです」

誠一郎はそう言った。その言葉を言った瞬間、全ての責任を取ろうと思った。
でも、自分が傷付いているとは、あまり思っていなかった。

自死する患者もいれば、突然去っていく患者もいる。仕事だと割り切ったし、精神科医はそういうものだと思った。

「……そんなに私は傷付いている様に見えましたかー?」

「………えぇ…」

「……そうですか…」

「違っていたら、すみません…」

「………」

分らないー
自分は傷付いているのだろうか?