ワインとチーズとバレエと教授

そして、理緒がバスルームから出たあと
誠一郎もシャワーを浴び、
二人は再び静かな時間を過ごした。


夕飯は、理緒が朝、残したロコモコ丼を美味しそうにほおばっている。

「……幸せ…」

理緒が、そうつぶやいた。

「あなたは、私といるとき
そればかり言いますね」

「だって、幸せなんですもの」

「…そうですか、それは良かった」

「今度は私が何か作りますね」

「ありがとうございます、でも
あなたの体調がよいときに」

「はい」

理緒が微笑んだ。

それから、誠一郎はまたパソコンで作業し、理緒は、誠一郎の書斎にある本を読んでいた。

理緒が選んだ本は、誠一郎でも難解な
ダグラス・R. ホフスタッターの
「ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環」だった。

これは、哲学書であり数学書であり、物理学の本でもある。まさか、それを選ぶとは思わなかった。

「途中まで読んで、挫折してしまって…」

理緒が笑った。誠一郎は、とっくに挫折した。

理緒が意外にも、理系的頭脳を持ち、賢いと感じた。

そして、静かな時間が続いたが、あっと言う間に夜の11時だと気づき、誠一郎は、もっと早く理緒を
休ませるべきだと気が付いた。

「あなた、そろそろ寝ないと…」

「……もう少し」

理緒は、本に夢中だが、誠一郎は、本を取りあげた。

「あなたは視力が低下してますし、そろそろ寝ないと…」

「誠一郎さんはまだ寝ないのでしょ?」

そう言われると弱い。

「……分かりました、では一緒に休みましょうか」

理緒にあなたらしい歯ブラシと新しいコップを渡した。まるで新婚生活のようだ。

一緒にセミダブルのベッドに入り、誠一郎は、理緒を後ろから抱きしめた。

「狭いでしょうが、我慢してください」

「全然狭くないです、誠一郎さんは、狭いですよね…」

「いえ、あなたがそばにいて
嬉しいです…」

それは本音だった。理緒をこのまま帰したくないとさえ思った。

「ねぇ…誠一郎さん…」

「はい」

「誠一郎さんは、結婚しようと
思った女性はいなかったの…?」

「…え?」

「…最初、誠一郎さんが結婚してたら…と思って…」

普通はそう考えるだろうな、と誠一郎は思った。

いなかった、と言うと嘘になるー

早苗(さなえ)ー
彼女は同じ大学病院に勤務していた。
あの頃をぼんやり思い出した。