もうこれ以上、話したい事はないのか?
普通、患者は、

「一ヶ月間、こんなにツラかった」

など、言うものだが…

「とりあえず、あなたが
0か100か、白か黒かの思考から、脱却しつつあり、
依存状態から、抜け出そうと一ヶ月間、頑張った
事は良かったです。よく頑張りましたね、私の予想より、はるかに早いです。あなたが大学病院に
来てから5ヶ月ですが、これは大きな一歩です」

理緒がうつむいたままだ。

「そして、今日のあなたは
素直で助かりましたよ」

誠一郎はちょっと嫌味を言って理緒の反応を見た。

理緒は照れたように少し微笑んだ。
どうやら、皮肉が通じる余裕もあるらしい。

「では、一ヶ月後、この日はいかがです?」

「はい」

次の外来を決めて理緒は用紙を受け取り、
静かに頭を下げて診察室を出ていった。

今日の理緒は、ずいぶん聞き分けが良かった。

誠一郎は、こんなに治療が上手くいく事に、ほんの少し違和感を感じた。

理緒が順調に進んでいくのはいい。
ただ、順調すぎるー
たった五ヶ月で克服するのは稀である。
誠一郎は一抹の不安を抱いた。
ただ、理緒の表情は穏やかだった。

「誰かに愛されてみたいか…」

誠一郎はポツリと言った。

年頃の女の子だ。恋もしたいし、恋愛だってしたいだろう。そして、それは、自分ではない誰かとー

そう思うと、誠一郎の胸は、ちょっぴり苦い思いがじんわり広がった。
理緒なら、可愛いし、キレイだし、モテるだろう。
人の目を引く顔立ちと、美しい振る舞いだ。
すぐに、いい彼氏でも見つけるだろう…。
それが理緒にとって、一番幸せなのだろうと思った。
そう思うと、誠一郎は、少しため息をついた。