ワインとチーズとバレエと教授

亮二は理緒の迫力に負けた。

「亮二さんが好きなのは
私じゃないみたい!
バレエをやってる私が好きなだけ!
モデルになった私が好きなだけ!
料理を作る私が好きなだけ!
まわりに自慢できる
理緒が好きなだけ!」

…え?

…どういう…?

…オレは、そんなことは…

亮二は、何かを言おうとしたが、
言葉が出てこなかった。

「私は亮二さんの期待に応えるのが精一杯だった!
捨てられないよう努力した!」

「おい!捨てるって何のことだよ!」

亮二もバンと箸を置いて怒鳴った。

「だって亮二さんは、あんな酷い家から
私を引き取ったわけでしょう?
そしてここまで面倒を見てくれて、私は、いつ追い出されてもおかしくない状況だと思ってた!

私ができることは、料理や家事をして、亮二さんに捨てられないよう、喜んでもらえることをすること以外にないじゃない!

今は、亮二さんの家から追い出されたっていいと思ってる!
また元の生活に戻るだけだから!その覚悟も毎日していた!」

亮二は、二人の間に、大きな誤解や、溝があることを今、ようやく、理解した。

「亮二さんには感謝してる。
でも、期待にも応えないと私の存在価値が
ないとも思った!
でも、私はもう、期待に応えられなくなってきたの…
身体は動かないし寝たきりになるし…亮二さんは、そろそろ私が重荷になってきたと思う」

「そんなこと思うはずないだろ!
ずっとここにいていいんだ!」

「だから、私が耐えられないの!
私が…もうできないの…亮二さんの
期待に応えられないの…

そうしなきゃ、私は捨てられると思った!
だから努力した!
自分でも、こんなに努力ができると思わなかった!
まさかバレエでこんなに成果が上がるとも思わなかったし、モデルになるとも思わなかった!

でも、それは、亮二さんに捨てられたらどうしようと思って、私はひたすら、頑張ったの…」

理緒は、そんなことを
思っていたのか…

亮二はそれを聞いて愕然とした。

「亮二さんは、あの写真、どれだけ撮影するのが大変だったかわかる?
亮二さんは、あの写真を見てすごい!すごい!と言ったけど、凄かったのは私じゃない。
カメラマンと、友人のスタイリストよー
あの写真を撮るために、皆、どれだけの時間がかかったと思う?

日照時間と、日光の位置、天気や時刻まで計算して
あの日の撮影は行なわれたの。

私はカメラマンから、何を求められてるのかを
瞬時に判断して、カメラマンの意図を掴んで、私はそれに応えた。
それがあの写真なの。病院で自慢するものではないわ!それは表面しか私を見てない、亮二さんの浅はかな自慢よ!」

亮二をにらみつけて、まるで自分の作品を
汚したたかのように理緒が初めて反抗した。

亮二も自分が、浅はかだったと思った。

そこまで大変、綿密に行われた撮影を、自分は、軽々しく扱ったのは否めない。

「私は亮二さんのことが好きだったし、
期待にも応えたかったし、捨てられたくもなかった…!その気持ちが、混じり混じりで…
恩なのか、愛なのかさえ自分でも分からなかった!

亮二さんにいつの間にか、憧れを持つようになったの…亮二さんが好きだった…でも、どこかで
捨てられたくないとも思った!期待にも応えたいととも思った!今その気持ちで、ぐちゃぐちゃなの!

でも、もう私は期待に応えられない!
疲れたの!もう出来ない…」

亮二は愕然とした。
理緒のために、出来る限りの事はしたつもりだ。

ここは、理緒にとって安全な場所で、
てっきり理緒も、そう思っていると思った。

でも、そういう認識は、理緒にはないとするなら
それほど、理緒のトラウマはひどかったということか…?

引取ったときから、何も完治していないということか?

じゃあオレがやってきたことは?

亮二は頭が真っ白だった。

「…お願い、今日はもう休ませて…
そして、どこか部屋を借りたい。
亮二さんには、敷金や礼金など、
お金を出してもらうことになってしまうけど…
必ず返します。それが私たちにとって今は一番、良いと思う」

「なら、なんでそう思ってることを
早く言わないんだよ!
なんで、今急に言うんだよ!」

「私は何度も訴えた!」

理緒が亮二を睨んだ。

「もう、疲れたから
バレエをお休みしたいと言った!
モデルの撮影も断りたいと言った!
私はもう、それほど立てなくなってたの!
でも、亮二さんは、せっかくだから頑張れと言ったわ!
友人に今更、断るのも申し訳ないだろう?とも言ったわ!それでも、私は、疲れてると言ったけど
亮二さんは、私に頑張るようずっと言い続けた!
亮二さんは、私の身体より友人を優先した!
亮二さんに引き取られた私が断れると思う?

だから、限界まで踊った!
だから、限界まで撮影に挑んだ!

休んでいいなんて亮二さんは
一言も言わなかった!

亮二さんは出来上がった写真を見て、それを病院で自慢してた!
私は亮二さんの人形よ!でも、人形さえ疲れて
出来なくなってしまったの!
お願い…もう自由にさせて…」

理緒は、大粒の涙を流しながら
部屋に戻っていった。

亮二は、ただただ愕然としたー

自分は、そんなつもりではなかった…
いや、なかったと言ったら嘘だ…
でも、理緒の輝きを放たせたくて…

亮二は自分は、何をしてきたのだろうと
自分を責めた。

理緒を助けたつもりが、理緒を追い詰めたのかー

その日は、亮二も泣きたくなった。