ワインとチーズとバレエと教授


亮二が病院から帰宅すると、理緒はいつもどおり
料理を作っていた。
今日はハンバーグのようだ。美味しそうな夕飯の匂いがする。

「お帰りなさい」

と笑顔で振り向く理緒に、亮二は硬い表情のまま、ぎこちない笑顔で

「ただいま」と伝えた。

そして二人で「いただきます」をして、理緒の作った美味しいハンバーグを食べた。

きっと、美味しいはずだが、亮二は、味を感じる
余裕はなかった。

理緒に、慢性疲労症候群と診断がついたと、
言わなきゃいけないと思いつつ、
どう切り出そうか考えていた。

理緒は「今日のハンバーグはどう?
なんか、美味しくなかった?」と不安そうに聞いてきたので、「いやいや、そんなことはないさ、いつも通り美味しいよ」と、亮二はそう笑ってみせた。

そして夕飯も後半になった頃、亮二は意を決して
「なぁ、理緒、少しバレエを
休んでみたらどうかな…?」
と、切り出した。
理緒の動きがピタリと止まった。

「最近、疲れが酷いだろ?寝たきりになる日もあるし、少し身体を休めた方がいいと思うんだ」
理緒は無言だった。
「…それに、前より歩けなくなったし、
最近、顔色も悪いと思うんだ、少し休養が必要だと思う」

亮二は、それとなく話してみたが、
理緒は押し黙ったままだ。

「オレはただ、理緒が心配なだけなんだ」

亮二がそう言うと、理緒がガタンと叩くように箸を置いて、とんでもないことを口にした。

「私、この家を出ようと思う」

え…?

亮二は理緒が何を言ってるのか、理解できなかった。

「…え?この家を出て行く?どういうつもりだ?
何言ってるんだよ!オレはただ、バレエを少し
休んでみたらどうか?家でゆっくり静養したらどうか?って提案してるだけで…」

「そうじゃないの!」

と、理緒は怒鳴った。

「私、もう、亮二さんの期待に応えられない…」

「期待…?一体、何のことだ…?」

亮二には理緒が言っている意味が理解出来なかった。

どういう意味だ?
期待ってなんだ?

「私は亮二さんに捨てられたくなかった…」
理緒の目がうるんだ。

「ここまで私の面倒を見てくれて感謝しているの…
私のことを引き取ってくれて…見たことのない景色を見せてくれて、味わうことのない経験をさせてくれて…

バレエのお金も出してくれて、そして私のことを
大切にしてくれて…

海外にも連れて行ってくれて、温泉にも連れて行ってくれて私は、幸せだったー

でも私はもう亮二さんの期待に
応えられない!だから出て行く!」

「は!?何言ってるんだよ!
オレは理緒に過大な期待なんて何もしてない!
ただ毎日健康で、理緒が笑っていれば、オレはそれでいいんだ!」

「嘘だ!!!」

理緒が、バンと
テーブルを叩いた。