ワインとチーズとバレエと教授


帰国した後、理緒は、いつも通り、セントラルバレエ教室に通った。
しかし、やはり体調が優れないと言う。
亮二は心配し内科医に相談したところ
内科医も、理緒の不可解な体調の悪さに、さずかに不信感を持った。

そして亮二に「…これは想像の域を出ませんが」と一呼吸おいて、「もしかすると理緒ちゃんは、慢性疲労症候群ではと、疑いを持っています…」そう亮二に告げた。

慢性疲労症候群は、血液検査やMRIなどでは、診断がつかない脳の炎症の病気だ。

視力や体力が低下するのも特徴だ。

幼少期、虐待を受け、脳を損傷した子供が大人になって発症するケースがある。

大人でも交通事故の数年後、脳の損傷から炎症を起こし慢性疲労症候群を発症するケースもあるが、

肉体的に酷使して仕事をしたり
インフルエンザによって発症したり
また、虐待のトラウマから、脳が傷つき、慢性疲労症候群になるケースもあるが、とても診断が難しい難病だ。

慢性疲労症候群が確定してしまえば、理緒は間違いなくバレエは 出来なくなるだろう。

慢性疲労症候群は、筋肉の疲労が特に良くない。
次に、光の刺激と、音の刺激も症状を悪化させる。

慢性疲労症候群は筋肉のリカバリーに時間がかかるのが特徴で、悪化すれば、最後は、寝たきりになる人もいる。

適切に休み、投薬治療を続ければ2〜3年で回復し、
無理のない範囲で社会復帰が可能であるが、それでも健常者と同じ生活は出来ない。
運動も、旅行も、立つ時間も制限される。そして精神疾患などが絡むと、予後は非常に悪いー

それが亮二の慢性疲労症候群の知識だったが、
内科医に確認すると おおむね、その通りだと伝えられた。

もし、理緒が、慢性疲労症候群なら、これ以上バレエを続けると確実に悪化する。

最悪、寝たきりになってしまう。  
免疫力も低下し、発ガンリスクも高くなり、視力も低下する。初期症状は、身体の疲労感と、微熱と、光の眩しさを訴える患者が多い。今の理緒の症状に酷似していた。

でも、確定診断ではない。あくまで予測ー

ただ、内科医が、慢性疲労症候群の専門医に、理緒を診せたほうがいいと亮二に強く助言した。

幸い、内科医の同期に、慢性疲労症候群に
詳しい医師がいて、理緒の紹介状を書くと言ってくれた。

亮二は、不安を感じながらも、内科医の親切な助言に従い専門医に理緒を診せることにした。

ただし、確定診断がついた時は、
理緒に直接話さず、自分に話して欲しいと亮二は伝え、内科医も了承し、理緒の紹介状が書かれた。

亮二は帰宅後、理緒に身体のことが心配で、専門の先生の病院へ行くことを勧め、理緒も承諾した。

「この紹介状を持ってY病院へ明日、行ってくれ。
すぐに結果は出ないだろうが、しばらく、内科は
こちらの病院で診てもらった方がいい」

そう言って紹介状の封筒を理緒に渡した。

理緒は翌日、Y病院には行ったが、
初診は聞き取りと、血液検査で終わったそうだ。

亮二も初診は、そんなものだろうと思っていた。

そして理緒は、日々だるそうにして

時々、寝たきりで、時々、食事を抜き、時々、うつらうつらしている。

特に朝は起きれなくなった。

自分がバレエを強要したせいかー?
亮二は自分を責めた。

それでも、時々、理緒はバレエに行き、翌日はぐったりする日々が続いた。

それでも、時々、笑い合ったり
温泉に行ったり、理緒が行きたい場所には連れて行った。もちろん無理のない範囲で。

それから、半年ー
2021年春になる頃、Y病院から亮二に電話がかかってきた。

亮二は医局でその電話を受けるとき
「とうとうその日が来たか」
と、覚悟を決めた。
それでも、確定診断がつかなかったら、
理緒はもともと身体が弱いのだろうー
そういうことにしたかった。

電話は、Y病院の理緒の主治医からだった。

「お嬢さんは、慢性疲労症候群でした。

紹介状の通り、ご本人には、まだ伝えておりません
理緒さんには、直ちにバレエをおやめになることを
強く勧めます。

慢性疲労症候群は大変真面目で、頑張る人がなる傾向です。

お嬢さんは、精神疾患は特になく、双極性障害もなく、睡眠薬の服用がない中で、確定診断がつくまで
かなり早い方でした。原因の完全な特定には至りませんでしたが…その、虐待で脳が損傷を受けたことが原因かと…物理的な損傷と、精神的な脳の損傷、
両方が考えられます。
余後は、残念ながら悪いでしょう。
おそらく悪化します。
バレエをやめて頂き、
静かに静養してくだされば、10年単位で回復出来る
可能性があります。

これから、高濃度のビタミンと、
これに適した投薬を行います。

運動や、移動、光と、音の刺激には特に注意してください。あっという間に悪化します。
あと、免疫力の低下も見られます。
発ガンリスクも高くなります。
いろんな疾患が出てくる事も想定しなくてはいけません。

特に20分以上、立つことはやめて頂かなければ…
バレエは、もってのほかです。
ただ、御本人が納得されるか…
理緒さんには、私から伝えましょうか…?」

主治医は申し訳無さそうに亮二に言った。

「…いえ、私から伝えます」

そう言ってお礼を伝え、事務的な挨拶をして
電話を切った。

理緒にバレエをやめるように伝えるー?
理緒が寝たきりになるー?
理緒はこれからだと言うのに…
自分が無理をさせたせいか?
虐待のせいか?
それを話して理緒がこの現実を
どう受け止めのるか…

亮二は、頭が真っ白になった。