「……私、知らなかったから」

「えっ?」



加瀬さんはまた俯いて、黙った。



「本当に、知らなかったんだ。北校舎には近づかなかったから。時田さんに見つからないようにしてた」



(あれ?)
と、私が思った時。



「ねぇ、何してるの?」
と、声がした。



そこには市川 櫻子さんがいた。



「何話してるの?」



再び市川さんは尋ねて、じっと加瀬さんを見つめた。

加瀬さんは不安そうな瞳で見つめ返している。



「わ、私……、事件のことなんて知らないから」
と、加瀬さんの声。



少しかすれていて、そのことでより一層加瀬さんの不安感が伝わってくる。




「事件?時田って子の?」
と、市川さん。



「あれって、事件なの?事故とかじゃなくて?ってか、なんで事件の話してんの?」

「文芸部に依頼があって」
と、私が説明しようとすると、
「……なんでそこに文芸部が出てくんの?関係なくない?」
と、市川さんがトゲのある言い方をした。