「ただいまー」

 小さな木の扉を開くと、相変わらずパソコンに向かうお父さんがいた。

狭い玄関の向こうには、丸めた広い背中。


 靴を脱いでさっそく台所まで行くと、ようやくお父さんは振り向いてくる。


「あれ、今日は早いなぁ」

 しわを目じりに寄せて笑う。


 あたしののんびりとした性格は、きっとこのお父さん譲りに違いない。

と、自分でも思う。


「今日は始業式だけっていったじゃん」

 仕方ないなぁと笑いあった。


 いつもは食事も忘れて仕事をするお父さん。

なのに、今日に限って珍しく、少し苦い香りが服に染みこんでた。


「……お父さん、何か食べたの?」

 あたしの不思議がる質問に、頭をなでて笑ってくれた。


「今朝、凛子さんに会ってきたよ」

「え…?」

 質問の答えにはなっていないのだけど、更にお父さんは続けようと口を開いたから、ぐっと口を紡ぐ。


「それでね、病院にいく途中の喫茶店に入ったんだ」


 お父さんの言葉にはっとした。