家に帰ると、出発したときと同じ姿勢のお父さんがいた。

邪魔にならないように、こっそり「ただいま」と呟く。


 あたしはさっきの香ばしい香りを思い出しては、また会いにいきたいと胸を弾ませていた。


 お父さんのパソコンの隣にある我が家の唯一の写真──お母さんの写真を見つめた。


 お母さん……凛子さんはここ2年ほど入院をしていて、あたしの家は決して裕福じゃない。

お父さんは家で出来る仕事をしていて、デザイン関係だといっている。


 仕事で作ったものは一度も見せてもらったことはないけれど、がんばっている姿を間近で見れることに満足していた。


 なんとか二人で食べていける程度。

だから受験生っていうあたしは、素直に甘えたりわがままなんていえない。


 実は、要領の良くないあたしの成績は、中の下といったところ。

先生にもよく同じことを言われていた。


 そんなことを考えながら、夕飯までの時間、台所で小麦粉を練り始めた。


お母さんとの思い出の、クッキーを作るために。



 …―その2日後、すぐ休みの日が来た。

始業してからの最初の休日に、あたしは制服を着て姿見で何度もチェックをした。



 今日は1ヶ月ぶりに凛子さんに会える日。


 中学校もあと一年で卒業するよ、新しい友達もまた出来たんだよ。

そして……あたしはこんなに大きくなったんだよ。


 そう、伝えたい。




「未来、いくよ」

 いつもより多めに作っておいたクッキーを持って、玄関で呼ぶお父さんの下へと走った。