階段を駆け上がっていく。

 心臓がどきどきしていた。

 鼓動が速いのは、駆け上がったせいだけじゃない。

 期待と不安が入り混じり、自分でも感情が制御出来ないのだ。

 どうして、また巻き戻ったのだろう。

 向坂くんは、実際には死んでいなかった?
 その状態で私がまた死んだ?

 今は何だってよかった。

 彼が生きていてくれるのなら────。



 屋上へと繋がるドアの小窓から、朝の柔らかい光が射し込んでいた。

 それに照らされる“彼”の横顔が眩しい。

 億劫そうに腰を下ろしていた向坂くんが、私の足音にゆるりと振り向いた。

「花宮」

 涼し気な顔がわずかに和らぐ。

「……っ」

 つん、と刺すような痛みが鼻の奥に抜け、気付けば視界が滲んでいた。

「おい、どうしたんだよ」

 戸惑う向坂くんが数段下りてくる。

 私は逆に段差を上って距離を詰めた。

「よかった。本当によかった……!」

 感情があふれて、思わず抱きついた。
 彼の背に回した腕に、ぎゅっと力を込める。

 その存在を確かめるように。
 もう簡単に離れてしまわないように。

「な、にが……」

 さすがの向坂くんも私の行動には驚いたらしく、当惑を顕にしていた。

「明日はまだ来なかったけど……向坂くんが生きててくれて」

「……俺が?」

 心底意味が分からない、というのが声色に滲み出ている。

 訝しんだ私は腕を緩め、彼を離して見上げた。

 困惑に明け暮れたような眼差しが返ってくる。

(……何だろう)

 何か、おかしい。
 芽生えた違和感が穏やかな空気を攫っていく。

 向坂くんをじっと見つめた。

 目の前にいる彼は、私を殺していた頃の彼じゃない。
 かといって“昨日”の彼とも違っている。

「……もしかして、覚えてない?」

 ほとんど直感で閃いたことが口をついた。

 迷子になって街を彷徨っているみたいに、彼の瞳はどこか不安気に揺れている。

 忘れちゃったんだ。“昨日”のこと。

 だから呼び方も元に戻ってしまったんだ。

 どうしてだろう?
 死んじゃったから?

 だとしたら、向坂くんが死んだらループが終わる、というのはそもそもの間違いだった?

 現にループは終わっておらず、その体系も崩壊していない。

 あるいは彼が作り出したループだ、という結論自体がどだい誤りだった……?

(分からない……)

 分からないけれど、向き合わなくちゃならない問題だ。
 逃げないと決めたのだから。

 だけど、もう一人で絶望しなくていい。

 彼とともにループと戦う。

「向坂くん、少しだけ……聞いてくれる?」