逃げずに立ち向かえば、残酷な運命にも打ち勝てると思っていた。

 でも、そんなのは願望から来るまやかしだった。

 最後の選択を避けるための言い訳に過ぎない。

 命は残りわずか。

 とうとうそのとき(、、、、)が来たんだ。
 本当の意味で、結末を決めるときが。

 ────けれど。



「もう、やだ……。逃げたい」

 消え入りそうな声で呟く。

 何も考えたくない。
 ループのことも、この先のことも。

 死なんかとはほど遠い穏やかな日常を過ごしたい。
 当たり前に来ていた“明日”を返して欲しい。

 もうたくさんだ。
 殺されるのも、死ぬのも。

 痛いのも、苦しいのも、絶望するのも、裏切られるのも、騙されるのも、傷つくのも。

 じわ、と涙が滲んだ。
 溺れていくみたいに息が出来ない。

「────じゃあ、一緒に逃げよっか」

 蒼くんは柔らかい声音で言った。

 顔を上げると、目が合う。
 ふんわりと微笑みが返ってくる。

「二人でどっか遠くに行こうよ。死も追いつけないようなところに」

 手を差し伸べられた。

 浮かんだ涙がこぼれると、視界に光の粒が散った。

「どこ……?」

「分かんないけど、とにかくここを離れる。仁くんから遠ざかれば殺されないでしょ。そしたら明日が来る」

 はっとした。
 どうして今まで気付かなかったのだろう。

(……そっか)

 そもそも私が命を落とさなければ、今日がループすることもないんだ。

 私は頬を拭い、彼に頷いた。

「……行こう、蒼くん」

 その掌に自分の手を重ねる。
 彼はしっかりと握り締めてくれた。

 向坂くんから、死から、逃げる。
 それが出来たら、こんな葛藤も消える。

 あれこれ考えるのは“明日”になってからでいい。

 とにかく、死ぬ気で今日を生き延びるんだ。