「……どこまで分かってんの?」

 少しだけ衝撃から立ち直った彼が尋ねる。

「向坂くんが私を殺すことと、死ぬたびに今日がループしてること」

 結局、私は誤魔化すことなく正直に答えた。

「鏡が記憶に関係ないことも分かってる。でも、私は何度か今日を覚えてた」

 記憶が邪魔になるから殺す、という選択肢を与えないよう、先んじてそう言っておく。

「何で?」

「分かんないけど、忘れなかったの」

 さすがに嘘をついた。

 記憶維持の方法が自殺だと明かせば、何がなんでも阻んでくるだろう。

 そうしたら、また明日が遠のいてしまう。

「……それで、私ね。実は死ぬたびに身体がしんどくなってるんだ」

 紙コップを持つ指先に力が込もった。

 今だって止まない不調は、どんどん私を蝕んで弱らせていく。

 頭痛の鳴り響く頭がぼーっとしてきた。

 さすがに驚いたらしく、瞠目した向坂くんの瞳が揺らいだ。
 このことは彼も知らなかったみたいだ。

 向坂くんの残忍な欲求を満たすだけの日々は、いつまでも続かない。
 終わりが近い。

 その終わり方だけは、避けなければならないのだけれど。

「マジかよ」

 彼は戸惑ったように呟く。

 どこかショックを受けたような色が混じっているのは、私の願望から来る気のせいだろうか。

 そもそも私を案じてくれているのではなく、ループにリミットがあることが悲しいのだろうか。

 思う存分、殺しを楽しめなくなってしまうから。

「このままだと、そのうち本当に死んじゃうと思う。だから────」



 そのとき、不意に目眩がした。

 何だか意識がぼんやりしていたのは気のせいじゃなかったみたいだ。

 視界が揺れ、力が抜けていく。

 紙コップが手から滑り落ち、こぼれたジャスミンティーが布団に染み込む。

(何、これ……)

 今朝と同じように、また、繰り返す死の弊害に見舞われたのかと思った。

 でも、違った。
 甘い香りが、その(、、)可能性を示唆している。

(入れられてたんだ、何か……)

 ジャスミンティーに睡眠薬か何か、私の意識を奪う薬を盛られていたのだろう。

 理人のときにも同じようなことがあって殺されかけた。
 なのに、どうして油断していたのだろう。

(……馬鹿だ、私。本当に)

 自分では冷静なつもりだった。

 向坂くんの優しさに惑わされないよう、気を付けていたつもりだった。

 でも、すっかり信じきっていたんだ。
 目先の希望を追いかけて、足元を見ていなかった。

「……っ」

 ふら、と身体が傾き、布団に倒れ込む。

 もう耐えられない。

 襲いかかってくる強い睡魔が、今にも私を飲み込もうとしている。

 ふっ、と目を閉じた。
 音が遠のいていく。

「……ちょっとは警戒しろよ、ばか」

 完全に意識を手放す直前、向坂くんの小さな呟きが聞こえたような気がした。