でも、私は手を伸ばし続ける。

 希望を掴むまで。
 今日を越えるまで。

 向坂くんと一緒に、明日を迎えたいから。



 こく、とジャスミンティーを飲む。
 甘い香りと爽やかな味に、いくらか気分も落ち着いた。

「……なぁ。何でそんなに弱ってんだ?」

「それは────」

 正直に答えるべきかどうか迷った。

 今日の向坂くんはループについて触れてこないから。

 それが私への殺意が和らいだからなのだとしたら、その話を持ち出すと逆効果だろう。
 煽ることになるかもしれない。

 ……それとも、記憶に関する疑惑を確信へと昇華させるためにそんな態度を取っているの?

 どこか冷静な私の思考は澄んでいた。

 “昨日”の私が記憶を持っていたことは、鋭い向坂くんなら勘づいているはずだ。

 今日の私もそうだったら、新たな法則があるのだと結論づけられる。

 優しいふりをしていれば、馬鹿な私は騙されるから。
 簡単に利用出来るから。

 そのことは、向坂くんが誰より知っているだろう。

 だから、今日は前みたいに優しいのかな……。



「────ねぇ、向坂くん」

 深く呼吸をしてから、意を決してその名を呼んだ。

「私、分かってるよ。今日これから起こること」

 このまま騙されたふりをしていれば、もう少しだけ向坂くんに甘えていられただろう。

 あれほど焦がれた彼の優しさに再び触れていられた。

 でも、私は自ら壊すことにした。
 このささいな幸せは、所詮かりそめに過ぎないから。

 向坂くんの本性は散々目の当たりにしてきた。
 何度も私は餌食になってきた。

 どす黒く染まったその心が、“昨日”のたったあれだけの出来事で塗り変わるなんて、そんな都合のいい話あるはずがない。

「…………」

 いつまでも浸っていたくなる甘やかな空気が、徐々に色を変えていくのが分かる。

 向坂くんは唖然としたように私を見つめ、しばらく黙り込んでいた。



「やっぱお前、覚えて……」

 やがて紡がれた言葉に、私は()とも(いな)とも答えなかった。

 彼の声は夕暮れ時を彷徨うみたいに不安定で、困惑が滲み出ている。