本気で心配してくれているのだろうか。
 ……急にどうして?

(まさか────)

 早くも“昨日”の行動が身を結んだのかな。

 怯えるだけじゃなく、真正面から対話を試みたことで、私の言葉が届いたのかもしれない。

 希望が見えたような気がして、少し目の前が明るくなった。

「平気……って言いたいところだけど」

 私は曖昧な笑顔で答える。

「強がる余裕もねぇか」

 おもむろに立ち上がった向坂くんが、カーテンの向こう側に消えた。

 ほどなくして甘く華やかな香りが漂ってくる。

 こちらへ戻ってきた彼は、手にしていた紙コップを差し出してくれた。

 私はそっと身体を起こして受け取る。

「ありがとう。これ、ジャスミンティー?」

「ああ、いつも置いてある。勝手に飲んでいいって」

 そんな先生の気遣いがあるなんて知らなかった。

 思えば入学してから、保健室を使うのは初めてだった。

「詳しいんだね、向坂くん」

「前はよくサボりに来てたからな。センセーの話長ぇから、最近は行かなくなったけど」

 彼はそう言いながら再び椅子に腰を下ろした。

 ────心音が、距離感が、不思議と心地いい。

 あたたかいジャスミンティーの温度が染みて、指先から緊張がほどけていく。

 じっと見下ろしていると、彼が私の手にある紙コップを指して首を傾げた。

「それ、苦手なら俺が飲もうか?」

「全然! 好きだよ、ジャスミンティー」

「……なら、いーけど」

 紙コップに口をつけながら、無意識に顔が綻んでいることに気が付く。

 ……おかしいな。
 私と彼の間には深い溝が刻まれたはずだったのに。
 
 今日()を繰り返すほど、私たちの距離も離れていったのに。

 今は以前の通りに接せられている。
 お互いにループや殺しのことなんて忘れてしまったみたいに。

 なぜかごく自然に振る舞えた。
 何か意図があったわけでも、演技をしているつもりもないけれど。

 あんなに怖かったはずなのに、その根源である彼と話しているうちに、強張った心がほどけていく。

 何だか凄くほっとしていた。

(本当に向坂くんだ……)

 私の好きになった彼と、やっと再会出来たように思える。

 ひたすら探し求めて、その幻影を追っていた。

 やっぱりあの日々は夢じゃなかった。

 取り戻すことだって不可能じゃない気がする。

 手の届く距離に希望が見えているから。

 恋しい気持ちが募っていく。
 ずっと、このままだったらいいのに。

(────なんて)

 願うほど儚く散ることを、私はループの中で充分思い知らされた。