「話はそれでぜんぶか?」

「…………」

 悔しいけれど、口を噤む他になかった。

 ここまでのやり取りで、何一つとして彼の心に響いていないことが分かるから。

 これ以上粘ったところで意味なんてない。
 平行線のままだ。

 ────今のところは。

「……そうだね。今日は終わり」

 毅然としたふうを装って告げた。

 大丈夫、と自分に言い聞かせる。
 そうしていないと、膨らんだ焦りに押し潰されそうだった。

 ……大丈夫。
 向坂くんの記憶は消えない。リセットされない。

 何度も何度も、今日を繰り返すたびに話をすれば、その記憶も積み重なっていく。

 そのうちそれが、(ろう)に覆われたような彼の心にも届くはずだ。

 私はその可能性を信じていたい。

「“今日は”?」

 向坂くんは訝しむように私の言葉を反復する。

 ナイフがわずかに遠ざかった隙に、その手を押し返した。

 一瞬触れた手は悲しいくらいにあたたかくて、泣きそうになってしまう。

 する、と私は袖の内側ではさみを滑らせた。
 それを取り出すと強く握り締める。

「お前、それ────」

 初めて向坂くんが狼狽え、瞳を揺らがせた。

 打って変わって私はやんわりと笑って見せる。

 今日の結末はここに来る前から決めていた。

 彼に殺される前に、自分で自分を殺すだけ。

 その覚悟なら既にあるし、今さら恐れることなんてない。



「また“明日”ね、向坂くん」

 私は両手ではさみを構えると、自分の心臓を目がけて躊躇なく振り下ろした。