一瞬、戸惑った。
 私が彼に直接そう言ったのは“昨日”のことなのに。

「お、覚えてるの!?」

「覚えてる。菜乃ちゃんが仁くんに殺されてることも、ループのことも」

 蒼くんはどこか得意気な柔らかい笑みを浮かべて言った。

 信じられない。
 けれど、これほど心強くてほっとすることはない。

「どうやったの?」

 そう尋ねれば、彼は一転してなぜか苦い表情をした。

 言いづらそうに口ごもる。

「実は……“昨日”、自殺したんだ。俺も」

「え」

 言葉が詰まって、思考が止まる。

 何を言っているのか理解が遅れ、一拍置いて大きな衝撃に貫かれた。

「なに考えてるの!? もしそれで本当に死んじゃったりしたら────」

「大丈夫だよ。生き返ってるし」

 蒼くんは何でもないことのように笑う。

 なぜそうも軽く受け流せるのか分からない。

 もし、何かの偶然で急に時間が巻き戻らなくなったりしたらどうするのだろう。
 取り返しのつかないことになる。

 蒼くんの自殺と記憶維持には関係がない可能性だって全然あったのに。
 命を粗末にするべきじゃない。

「ここまで関わった以上、俺ももうループとは無関係じゃなくなった。だから、もしかしたら菜乃ちゃんと同じ法則が適用されるかも、って思って」

 果たしてその通りになった、というわけだ。

 結果的にはよかったのだけれど、私が助けを求めたせいで、蒼くんの行動に際限がなくなったら……。

 そう思うと、怖い。

 私のせいで蒼くんが命を落とすのは、私の本意じゃないし耐えられない。

「……ごめんね、そんな顔させたかったわけじゃないんだけど」

「ううん、私こそごめん。中途半端な覚悟しかなくて────」

 運命に抗おうというのだから、割り切らないといけないのに。

「責めたいわけじゃないの。ただ心配で……」

 蒼くんの判断を非難すべきじゃない。
 記憶を失わないための自殺が、私のためなら尚さら。

 彼の言う通り、もう無関係じゃないんだ。

 巻き込んだからには蒼くんを信じて、一緒に戦うしかない。

「ごめんね、蒼くん。本当にありがとう」

「だから“ごめん”は禁止。“ありがとう”ももう充分受け取ったよ」

 彼は穏やかに笑った。

 それを見ていると、不思議と心の中に広がっていた暗雲が晴れていく気がする。