じわ、と涙が滲んだ。
苦しい。
喉の奥が締め付けられるみたいに。
瞬いた瞬間に視界がクリアになる。
一粒、こぼれ落ちた涙が頬を伝い落ちた。
「……泣き虫だな、相変わらず」
不意に彼から表情が消え、興がるような色が褪せる。
向坂くんが何を思っているのか、何を考えているのか、もう私にはまったくもって分からない。
唇を噛み締め、強く両手を握り締めた。
「私の友だちの向坂くんは……こんな人じゃない」
思わずそう口走ってしまった。
まるで過去の向坂くんを否定されたみたいで、我慢出来なかった。
私が好きになったのは、あのときの向坂くんだ。
もうそんな彼はいないのに、想いを断ち切れない自分が情けなくて悔しい。
「あ?」
不服そうに向坂くんは声を低める。
それでも私は怯まないよう気を強く持った。
「私の知ってる向坂くんは、意味もなく人を傷つけたりしないから」
彼の双眸が揺らいだ。
怒りと悲しみを滾らせたように目の色を変える。
「……っ!」
次の瞬間には、勢いよく首を掴まれていた。
生徒玄関の鉄製の扉に背を打ちつけ、息を呑む。
「……分かったようなこと言ってんじゃねぇよ」
ぎりぎりと強く締め上げられ、呻き喘ぐことしか出来ない。
食い込んだ爪が刺さる。
けれど、彼に口答えしたこと自体が殺意のトリガーになったわけではないのだろう。
遅かれ早かれ、私は今日殺される運命だから。
異常に気が付いた周囲の生徒たちがざわついても、彼はまったく憚ろうとしなかった。
巻き戻ったら、どうせ忘れられるからだ。
(嫌だ。やだ、殺されたくない……!)
そう思うのに、抵抗する余裕は既にない。
頭の中と目の前が白く明滅して、力が抜けそうになる。
「お前はただ黙って殺されてろ」
感情を押し込めたように言われると、徐々に痛みと苦しみが和らぎ始めた。
何度も味わったから分かる。
死へ近づいている証拠だ。
こんなふうに死ねないのに。
ぜんぶ忘れてしまうのに。
向坂くんを悪者にしたくないのに。
無情にも私の命は尽きようとしている────。
そのとき、駆けてきた誰かが叫んだ。
「離れろ!」