「待ってたぞ、花宮」

 柱に背を預けていた向坂くんが身を起こし、私の方へ歩み寄ってくる。

 獲物を見つけたみたいに爛々(らんらん)と光る双眸が恐ろしくて足がすくんだ。

「どうして……」

「何が?」

 思わず言葉がこぼれ、慌てて口を噤む。

 どうもこうもない。
 向坂くんにも記憶があるのだから、毎回行動が違うのは当たり前だ。

 何度も私を殺せずに“今日”を終えている現状では、同じ結末を避けるためにこうして積極的になりもするだろう。

「な、何でもない。早いんだね、向坂くん」

 無意味だと分かっていながらも、私は繕うようにぎこちなく笑った。

 少しでも風向きが変わらないか、藁にも縋る思いだった。

「まぁな。こうでもしねぇと、お前に会えねぇから」

 私は唇の端をきつく結んだ。

 惑わされちゃ駄目だ。
 彼の言葉に他意なんてない。

 私を殺すことだけが、彼の目的で原動力なのだから。

「何で上に来なくなったんだよ? ……記憶が理由じゃねぇなら、繰り返すほどその日も変化すんのか?」

 尋ねているというよりは、ほとんど独り言のように、向坂くんは考えを口にした。

 私がすべてを覚えている可能性は、彼の中では今のところ低いのかもしれない。

 そしてそう信じているからこそ、大胆にも憶測を口に出来る。

(それとも……)

 何を知ったって殺してしまえばいい、と考えているのだろうか?

 私には何も出来ないと思っているの?



「なぁ、何その態度」

 向坂くんが一歩距離を詰める。

 私は後ずさることさえ出来ないまま、怯んだようにその目を見返した。

「何がそんなに怖ぇんだよ。ただ話してるだけだろ」

「向坂くん……」

「前みたいに笑えよ。今やお前の唯一の“友だち”だろ、俺」

 淡々と追い詰めてくるような彼の態度は、私の気を挫くのに充分だった。

 話すほど彼という人物像が崩れていく。

 信じたいのに、その気持ちを嘲笑うかのような展開ばかりだから。

 何でこんなふうになっちゃったの?
 優しい向坂くんを返して……。

 無駄だと分かっていても、そう思わずにはいられない。

 夢だったらいいのに。

 晒されているこの現状が、すべて悪い夢だったら────。