「痛たた……」

 私はベッドの上で身を起こし、頭を押さえながら顔を歪めた。

 もう起きるのにアラームなんて必要なくなっていた。
 痛みのせいで勝手に目が覚める。

(……蒼くんの言ってた通りだ)

 死ぬとしても、向坂くんに直接手を下されなければ記憶を保っていられる。

 憶測が確信に変わった。

 私は、ちゃんと覚えていた。
 ループのことも蒼くんのことも、向坂くんの殺意もぜんぶ。

 忘れたくないなら、自ら死に続けるしかないんだ。
 その中で結論を見つけないと。

(でも、チャンスはあと何回残ってるんだろう……?)



 支度を整えた私は家を出た。

 学校に着いたらまずは教室で蒼くんと話して、彼の協力を仰ごう。

 その前にミルクティーを買いに行くかどうか迷った。

 屋上へ行けないことは分かっているけれど、そろそろ向坂くんに怪しまれるんじゃないか、と不安になったのだ。

 “昨日”も彼を避けるように動いて自殺した結果、本来の「5月7日」の私とは随分かけ離れた行動をとったはずだ。

 向坂くんが、私に記憶があるという可能性に行き着いてもおかしくない。

 加えてここ数回、私を殺し損ねていることで、次はより残虐な方法で殺されるかもしれない。

 そうしたら、記憶が残らないだけじゃない。

 より身体に負荷がかかり、苦痛を強いられる羽目になる。また死が近づく。

 殺されるかもしれない、という危険な状況は避けなければならない。

 でも、記憶について疑われないためには、本来の私に近い行動をとるべきだ。

(そうは言っても……)

 理人のときのような駆け引きは意味がない。

 理人には私の気持ちや選択を変えるという目的があり、思い通りになれば私を殺す必要はなかった。

 だから彼の理想を演じて欺いたりすることも通用したが、向坂くんの動機はまったく異なっている。

 殺すこと自体が目的だから、私がどんな態度をとろうが関係なく殺すだろう。

 だから、やっぱり何がなんでも殺されないようにしないといけない。その方が大事だ。

 せっかくここまで色々と掴めたのに、殺されたらぜんぶ水の泡になる。

 いくら怪しまれるリスクがあっても、彼を避け続けるのが無難なのかもしれない。

 結局は殺されなければそれでいいのだから……。



 そんなことを思いながら昇降口に差し掛かると、私は硬直したように動けなくなった。

 心臓が冷たくなり、頭の中で危険信号が鳴り響く。

「うそ……」