そのとき、1限終わりのチャイムが鳴った。
 いつの間にそれほど時間が経っていたのだろう。

 立ち上がった蒼くんは伸びをしつつ、私を振り返った。

「俺、授業サボったの初めて。何かわくわくするね」

 小さな背徳感を共有して、私もつられるように笑う。

 ループについて打ち明けてからも、蒼くんは普段通りの態度を崩さなかった。

 明かされる事実や訪れる展開がいかに悲惨でも、私が思い詰めないように、あるいは空気が重くならないように、気遣ってくれているのだろう。

「戻ろっか」

 休み時間の喧騒が聞こえ始めると、彼が言った。

 私は一瞬俯き、顔を上げる。

「……先に行ってて。私、お手洗い寄ってから戻るね」

「ん、分かった。またあとで」

「うん。色々ありがとう、蒼くん」

 手を振りつつ歩き去っていく彼を見送ると、私は立ち上がった。

 けれど、力が抜けてすぐにその場に屈み込む。

 理性にしがみつき、必死で堪えていたが、波立った感情が今にもあふれそうだった。

 泣きたい気持ちで蹲り、顔を伏せる。

 何度も何度も死の恐怖と苦痛を味わった。

 以前のループとあわせても、もう充分過ぎるくらい。

 それでもまだ足りないっていうの?
 いったい、私が何をしたの?

 ループの中では死んでも死なない。
 でも、その痛みや苦しみといった感覚は残り続ける。

 私の身体は着実に死へと向かいつつあるのだ。



『忘れたくないなら、自分で死ねばいい』

 真に迫る蒼くんの言葉が頭の中でこだました。

 忘れたくはないし、死にたくもない。

 でも、何もしなければ向坂くんに殺されるだけ。

 そうしたらすべて忘れて振り出しに戻ってしまう。

 実質、私には自殺という選択肢しか残っていない。
 死んでも明日は来ないのに、死ななきゃ次に進めない。

 いずれにしても、今日も(、、、)死は避けられないんだ。



「…………」

 私はもう一度立ち上がると、花壇を背にした。

 そっと目を閉じ、息を吸う。

 風が頬を撫でる。
 梢のざわめきが耳元を通り過ぎる。
 地面を踏み締める感覚も、靴の裏から伝わってくる。

 私は確かに今を生きているのだと実感した。

 それなのに、その確信が揺らいでしまう。

 何度も死を繰り返すループの中では、生きている自分か死ぬ自分か、どちらが正しいのか分からなくなる。

 本来の運命すら分からない。

(蒼くん……)

 “明日”、私は覚えていても彼はリセットされるだろう。
 つかの間の平穏はあっけなく壊れてしまう。

 悲しいけれど、仕方がない。

 そこはもう割り切って、また一からでも“明日”の彼を信じるしかない。

 私は後ろに体重をかけ、背中から倒れていった。

 後頭部に硬いレンガが迫る。鮮血が翻る。

 ────次の瞬間、意識が奈落の底へと落ちて行った。