放課後、逃げるように教室を出た私はいち早く昇降口へ向かった。

 向坂くんに見つからないうちに学校を出なければ。

 周囲を警戒しつつ、最後の階段を下りる。

 今のところ彼の姿はなく、心臓は緊張したような拍動を刻みながらも、落ち着きを保っていた。

「!」

 不意に息を呑む。
 床に足をついた途端、死角から誰かが現れた。

「よ、花宮」

 向坂くんだ。
 行く手を阻むように悠然と立っている。

 待ち構えていたに違いない。

「な……」

 あまりの衝撃に言葉にならない声をこぼしつつ、おののくように彼を見上げた。

「今日は会いに来なかったな。ずっと待ってたのに」

 どこか寂しげに言われるが、そこに含まれる真意はもう分かっている。

 早いところ私に手をかけられなくて残念がっているだけだ。

 いちいち惑わされたくないのに、つつかれたように気持ちが揺れる。

 彼の本性を知っても、どうして嫌いになれないのだろう。

「向坂くん……」

「あ? 何だよ、その顔。何かビビってんの?」

 彼はポケットに両手を入れ、高圧的に私を見下ろすと冷ややかに笑う。

 不穏な予感が気配を滲ませる。

 一歩踏み込まれ、反射的に後ずさった。

 そんな私の反応を見た彼は、じっと推し量るように見つめてくる。

(あ……)

 “昨日”を覚えているんじゃないか、と訝しんでいるのかもしれない。

 何もかも見透かされてしまいそうで、怖くなった私は逃げるように視線を逸らした。

「……へぇ。マジで分かりやすいな、お前」

 興がるように言い、今度は足を止めることなく歩み寄ってくる向坂くん。

 壁際まで追い詰められると、すぐ横に手が置かれた。

 逃げ場を失った私は、至近距離にいる彼から視線だけでも逃れようと逸らす。

「三澄もこんな気持ちだったのかもな」

 そう呟くと、すっと顔を寄せられた。

 彼の髪が肌に触れ、息遣いを間近で感じ、言葉の半分も理解出来ないうちに心が飲み込まれる。

 ……どうしてなんだろう。

 殺されるって分かっているのに、こんなときでも想いは募って止まない。

 どきどきしてしまう心臓が痛い。
 嫌になるくらい、甘く焦がれる。