「大丈夫?」

 不意に声が降ってきて、私は顔を上げた。

 そこには、案ずるような優しい表情を浮かべた蒼くんが立っていた。

「あ、えと……」

「大丈夫なわけないか。急に理人くんがあんなことになっちゃって」

 私の返答を待たずして、彼は言いながら空いている前の席に腰を下ろした。

 そのまま振り向き、私の机に頬杖をつく。

「あんまり眠れてないんじゃない? 顔色悪いよ」

 そう言われ、思わず頬に手を添えると、ふと昇降口でのことが過ぎった。

 そのときもこんなふうに声をかけてくれて、倒れそうになった私を支えてくれて。

 今日の私が消沈しているのは理人が原因ではなかったけれど、正直に話すわけにもいかない。

 何にしても、気にかけてくれるのはありがたい。

「……昨日はありがとう、蒼くん」

「ん、昨日? 何かしたっけ?」

 きょとんと彼が首を傾げる。

(……あ、そっか)

 昨日、ではなかった。
 またループの中に閉じ込められたのだった。

 時間が巻き戻ったから、私や向坂くん以外は“前回”のことを覚えていない。

「……ごめん、私の勘違い」

 苦く笑い、咄嗟に誤魔化す。

 けれど、蒼くんは納得するどころかむしろ身を乗り出した。

「えー、何それ。それはなしだよ、本当は何?」

「え?」

「菜乃ちゃんさ、何か隠そうとしてない?」

 どきりとした。
 見透かされている。

 優しくて親しみやすい眼差しの奥に覗く、鋭い色に気付いてしまう。

 単なる好奇心ゆえだろうか。

 蒼くんは色々気にかけてくれるけれど、正直なところ、まだ全面的に信用しきれない。

 深読みして余計なことを勘繰ってしまうのは、向坂くんの前例があるからだ。

 理人に殺されていた頃は、こんなふうにして偶然知り合った向坂くんを頼った。

 しかし、最終的にはその向坂くんが豹変してしまった。

 今回また同じように蒼くんを頼って、彼まで向坂くんのようになったら、と思うと怖い。

 それこそ無限ループだ。
 巻き込んだ人をもれなく不幸にする。

 相手が変わるだけで、私は永遠に殺され続ける。

 そんな懸念があるから、私の置かれている状況について相談することを躊躇ってしまう。

(心細いけど、一人で頑張らなきゃ……)

 そう気負い直し、私はゆるりと首を横に振る。

「してないよ、何も。隠そうなんて」