大勢の人間たちが押し掛けるその中に、私はいた。

 民衆の娯楽として用意された、処刑場の中に。

 皆が等しく、命が散る様を楽しめるよう、処刑場は円形状になっている。
 階段状に一段ずつ高くなるように設計された席には、隙間なく人で埋め尽くされていた。

 その円形状の中心には、巨大なギロチンとそこに横たわる一人の女性の姿があった。

 青く艶を放つ豊かな髪は、処刑の際に邪魔だとバッサリ切られ、日の光を知らないようにきめ細かく真っ白な肌には、見ているだけで痛々しい青黒い痣が無数に付けられている。

 優しく細められるだけで、あらゆる者たちを魅了した大きな瞳は伏せられ、女性らしい丸みを帯びていた身体はやせ細り、処刑台の上に力なく横たわっていた。

 今から処刑される女性、それはこれまで長らくお仕えしてきた――フラン・アンティローゼ様。

「殺せ!」

「こんな悪女、さっさと首をはねてしまえっ!」

 何も知らない民衆が叫び、フラン様に向けて石を投げつける。
 憤りや憎しみではない、ただ弱く抵抗できない者を痛めつけたい、加虐性に満ちていた。

(何も……知らない者たちが勝手なことを……)

 その場の雰囲気に飲まれ、フラン様に向かって罵声を発する愚民どもを、私は睨みつける。

 しかし、それ以上どうする事も出来なかった。

 ただここで、愛した方の最期を見ていることしか。



 この国の王太子との婚約が決まっていたフラン様は、王太子妃の座を狙っていた妹君によって身に覚えのない罪をでっち上げられ、嵌められた。

 冤罪だと分かっていながら、フラン様は釈明されなかった。
 ただご自身の罪が他の者の手によって捏造されるのを、黙って見ているだけだった。

 その結果、フラン様は王家を欺いた悪女として、処刑されることが決まった。

 私は、密かにフラン様に想いを寄せていた。
 
 しかし私は、ただの使用人。
 身分の違いから、その恋は決して報われないものだと思い、心の奥底にしまっていた。

(こんなことになるのなら……、命をかけて、あの方を連れて逃げれば良かった)

 フラン様が処刑される。
 それを目の当たりにし、あの人に対してどれだけ深い想いを抱いていたのかを、今になって思い知らされる。

 しかしどれだけ後悔しても、もう遅い。

 執行人が、ギロチンの縄を切る為の斧を持ってやってきた。巨体を揺らしながら、ゆっくりとフラン様の元へと近寄る。

 私は、身を乗り出した。
 何度も名を呼び、今さらになって想いを伝えたが、民衆たちの歓声にかき消されてしまう。

 それでも諦める事無く、叫び続ける。

 その時、フラン様の瞳が開いた。
 何度も私を優しく見つめて下さった、菫色の瞳がこちらを向く。

 そして……、微笑んだ。

 今から殺されるというのに、私をじっと見つめ、笑っていた。

 瞳を潤ませ、
 頬を赤らめ、
 口元を緩めて、

 まるで恋慕うような、乙女の表情で。

 今から殺される者が浮かべるとは思えない、美しさで微笑む。

 この場にそぐわぬ表情を向けられ、時間が止まったかのように感じた。群衆たちの叫び声が消え、あなたと二人でいるかのような錯覚に陥る。
 
 儚くも、微かに妖艶さを含んだ美しい微笑みに、まるで本能の奥を撫でられているかのように心臓が激しく脈打ち、全身に高揚した熱がまわった。

(どうして……? どうしてこの状況で笑えるのですか……。それほどまで美しく……)

 次の瞬間、フラン様の頭が消え、周囲から耳を塞ぎたくなるような歓声が響き渡った。