若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜

「大丈夫、ここで見てて。」
花は微笑みを浮かべながら店員を呼んで、待ち合わせしている事を告げ、この場所から見える少し離れた席を借りる事にした。

「椋ちゃんの事よろしくね。」
柊生に椋生を託し、借りた席に1人座り直す。


もうすぐ父がやって来る。

花はそう思うと、急に手が震え始め、心臓もドクンドクンと高鳴り出す。

自分を落ち着かせるために何度も深く深呼吸をして、少し斜め前に座る柊生を見つめる。

(大丈夫、落ち着いて。柊君も側にいる。独りじゃ無い。)

そう何度も自分に言い聞かせる。

柊生もそんな花を見守り、目線を合わせ深く頷く。


チリンチリン

と喫茶店のドアが鈴の音とともに開く。

(この人じゃ無いか?)

入口が見える席に座っていた柊生は、瞬間そう感じ花に目を合わせる。

花は緊張のせいか目線が揺れて落ち着がない。しきりに窓から外を見つめている。

男の風貌はと言うと…。

色付きメガネにチンピラ風の派手なシャツ。
彼からしたら正装なのかもしれないが…。

あの格好では花を怯えさせるだけじゃ無いかと、柊生は不安に駆られる。

そして、服装の指定もしておけば良かったと後悔した。

電話で話しを交わした感じでは、ぶっきらぼうな口調だが決して威圧的では無く、始めは怯えた印象さえあった。

事情を話すと、花に会うチャンスをくれてありがとうと何度も言っていた。

その後で手紙の中でも書いてあったように、柊生にも反省の念を語っていた。

今の彼なら花に合わせても大丈夫だと納得したからこそ今日連れて来れたのだ。

少しでも花が抱えている恐怖心やトラウマが軽くなってくれる事を願う。