彼と出会った始めの頃、私の思考はまだ正常だった。

 だから、このねっとりと水飴のように纏わりついてくる闇から逃げ出そうと、その為の方法ばかりを考えていた。

 でも、彼という人間と関わっていく度、彼の事を知っていく度に、その気はどんどん失せていってしまった。

 
 普段は何も映さない、その光を宿さない瞳に、ただ私1人だけが映っているのを目にした瞬間(とき)、それは完全に消え失せた。どうしようもないぐらい愛に飢えていた私は、そのことに仄暗い喜びを感じてしまったのだ。

 

 一度堕ちてしまえば、もう戻れない。



 どくどくと血が流れ出すように、何か人として大切なものが溢れて、壊れていく音が内側から聞こえた気がした。

 その音が、“私”が悲鳴を上げる声が、やがて聞こえなくなってしまった頃、気づけば私は死んでいて、今の“僕”が生まれた。