「相原さん、こちらが処方箋です。お隣の薬局さんが一番近いですけど、どこでも大丈夫ですから」

「どうも」

 外にでてみると、もう空は暗くなっていた。風も北風。このあたりは昔からそうだ。雪などはあまり降らない代わりにいつも強い北風が吹く。

 俺は仕事中に足をひねってしまった。腫れと痛みが引かず、土曜日の夜まで開いている医者を探して、隣の市にある整形外科を頼って来ていた。

 受付をしたのが診療終了時間の間際で、他の患者の姿は見えなかった。

 駐車場を横切って、隣の調剤薬局に入る。

「こんばんは。こちらは初めてですか?」

 薬局の受付で記入を済ませると、奥の薬剤師に処方箋を渡しているようだった。

「ありがとうございます! もう上がっていいですよ。私片づけてあがります」

「お願いします」

 こんなやり取りも仕方ない。隣の病院の診療時間も終わっているし、この薬局にしても本来なら閉店時間を過ぎているのだから。

 どこにでもあるようなその店の中で、微かだが懐かしいような不思議な感覚に包まれた。

 奥でガサガサと用意をしてくれている音がする。痛み止めと湿布がメインだからそれほど時間はかからないだろう。

 しかし……、前にも一度来たことがあるのか? そんなはずはない。この薬局も病院も今回が初めてで、車のナビゲーションを頼ってたどり着いたのだから。もしかしたら、何らかの偶然で、この前を通ったにすぎないのかもしれない。同じような薬局はいくつも行っているから、たまたま同じようなレイアウトがどこかであったのかもしれないと思っていた。

「お待たせしました。相原雅樹さ…………せん……ぱい?」

「えっ……、美香……か?」

 その呼び方に俺の頭の中で眠りについていた記憶が瞬時にフラッシュバックされた。

 そうだ、この声が原因だった。忘れるはずもないと思っていた。いや、強引に封印した記憶は、たった一言で元に戻ってしまった。

 背の高さは当時からすれば少し大きくなっていて、当時の幼なかった顔立ちは、その印象も残しながらも大人の女性に変わっていた。

 二人とも、その回想を引き出している数秒間、お互いの顔を見つめ合ってしまう。

「何年ぶりだ……?」

「20年ぶりでしょうか……」

 彼女は申しわけなさそうに顔を背けた。

「もう、そんなになっちゃったのか……。そうだよな、俺も38だもんなぁ」

「私も、今年33ですから、そうですね……」

 本当なら、営業時間を過ぎているので、早く閉めて帰りたかったことだろう。しかし、美香はレジを打つ手を止めてしまった。

「……先輩……、お元気でしたか……?」

「ん? まぁ、いろいろあったけどな。気が付けばもうこんな中年だ」

 本当に、いろいろなことがあった。